「アルコール・ダイバーシティ」 という世界

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2021年6月号『アルコール・ダイバーシティ 』に記載された内容です。)


ノンアルコールの充実でゲコを取り込め


 

この記事を執筆中の2021年5月時点で、お酒は非常に厳しい立場に置かれている。政府による緊急事態宣言が出されている地域では、飲食店における酒類の提供が強く制限されているからだ。もちろん家で飲む分には自由なので、巷で皮肉を込めて言われる「禁酒法」とは状況が異なる。しかし、日本の飲食店の多くはお酒で収益を上げてきた背景があり、そうした店にとっては死活問題だ。休業ではなく営業継続を選んだ飲食店の多くは、結果的にノンアルコールドリンクに力を入れている。

状況としては悲惨だ。けれども、「飲食店におけるノンアルコールドリンクの充実」という一点に限れば、大きな状況改善と捉えることができる。レオス・キャピタルワークスの藤野さんは「ゲコにとって外食は『ウーロン茶のがぶ飲み大会』」と嘆き(詳細はこちら)、座談会では飲まない若者が「ウーロン茶以外だと、ジュースや炭酸飲料しかないことも多い」、「飲めないとお店から歓迎されていないのかなという悲しさはあります」と不満をこぼしている(詳細はこちら)。

飲食店における飲酒が解禁されても、「ノンアルコールドリンクの価値」に気づいた店では、それなりに充実したラインナップを維持するだろう。お酒を飲まない・飲めないけれど、店で食事をする人の数は膨大だ。藤野さんが「ゲコノミクス」としてそのポテンシャルを指摘するように、そこには今まで飲食店の目に入っていなかった巨大市場が存在するのだ。店としては開拓しない手はない。

 


「抑える」ことで広がる新しい世界


 

同時に、アルコールの弊害についても私たちは改めて認識する必要があるだろう。quantumの川下さんは、酒量を大きく減らした理由を「お酒が原因で生活の色々なところにしわ寄せがいっているのではないかと思うようになりました」、そして「ハイパフォーマンスでいられる時間は限られている」と語った(詳細はこちら)。ウェルビーングのような価値が求められる時代において、飲酒者は自身とアルコールとの関係を今一度見つめ直すべきかもしれない。酒場や酒自体の魅力を描き続ける漫画家のラズウェル細木さんでさえ、「お酒は基本的にはドラッグであるということは認識すべきだと思います」と語っているのだ(詳細はこちら)。アサヒビールが「節度ある飲酒」のために掲げる「スマートドリンキング宣言」も、世界的に広がるこうした文脈と合致している(詳細はこちら)。

そんなアサヒビールが提案する「微アルコール」という価値も興味深い。普通のお酒とノンアルコールの間に、新たな市場を創造しようとしているのだ。自分の時間を自分らしく過ごしたいという希望を持つ人にとっては、お酒を楽しみたいとは思いつつも、「酔う」という要素は必要としていないのかもしれない。「映画を見ながら」「読書をしながら」など、同社が「ながら飲み」と称する消費スタイルは、現代のニーズにマッチしていそうだ。

奇しくも、座談会に参加した若者の一人はアルコール度数0.5%の「ビアリー」を評価していたが、彼は若い世代の時間消費である「チル」をこう説明した。「テンションを『上げる』のではなく、むしろ『下げる』という感覚。盛り上がるわけではなく、ゆったりする『いい時間』を過ごしたい」。こうしたチルのためには、微アルコールドリンクは相性が良さそうだ。それを受けて、飲まない別の参加者はこう続けた。「『ほんのちょっとだけアルコール入り』のものがあれば、自分も飲んでいるみんなと同じ楽しい雰囲気を味わえる気がします」。

私は現在、夏にオープン予定の居酒屋の業態開発に携わっているのだが、早速こうした「時代の気分」をメニューに取り入れてみることにした。レモンサワーなどのサワー類に、「うすめ」と「ごくうす(極薄)」を加えることにしたのだ。お酒は決して嫌いではないのだけれど体質的にとても弱い人が、周囲の飲む人たちと一緒に楽しみたいという気持ちに寄り添うようなドリンクである。

 


それでも大切にしたいお酒の価値



さて、ここまでノンアル・微アル派のような文章を書いてきたものの、白状すれば私は大酒飲みだ。強い意志を持たない限り休肝日はつくれないし、自宅でワインを1本飲んでしまう。そんな酒を愛する者としては、飲酒という慣習が徐々に世の中から消えてしまうとしたら、とても寂しい。10年20年先には、若者から「まだお酒とか飲んでいるんですか?」と言われる可能性はある。ピーク時には成人男性の83%がたしなんでいたタバコが、いつの間にか世の中から締め出されていった経緯を見れば、決してありえない未来ではない。

けれども、今回色々な角度からお酒について考えていく中で、やはりお酒には代替のきかない価値があることも確認できた。ラズウェル細木さんは、「この一瞬のために生きている」と感じさせる酒のことを、そして人を惹きつけてやまない酒場の魅力をこれからも漫画を通じて描き続けてくれるだろう。ゲコの皆さんには大変申し訳なく思うけれども、「酒とつまみ」の最高の組み合わせは無数に存在する。私を含めた呑兵衛はそれを楽しめることに感謝する必要があるだろう。

そして、ともに酒を酌み交わすことは心の距離を縮めて、関係を円滑にしてくれる効果がある。川下さんも「打ち合わせだけではまだ緊張感のある相手とでも、コミュニケーションの入り口にお酒があるとそれをほぐしてくれて、深い話ができる」と語っている。川下さんは一時期断酒をしていたのに、頻度を抑えながらもお酒を再び飲むようになった理由は、そんなところにあるはずだ。

さらにはラグビー界のレジェンド、大野さんはチームの仲間と、ライバルと、あるいはラグビーファンと酒をともにして、豊かな人間関係を育んできた(詳細はこちら)。ラグビーというスポーツが大切にしている他者に対する敬意や友情は、それを増幅してくれる酒と非常に相性が良いのだろう。

本号の特集タイトルは「アルコール・ダイバーシティ」だ。お酒に関する多様性を大切にして、お酒を飲む人は飲まない人のことにもう少し想像力を働かせて欲しいし、飲まない人は適度に飲酒を楽しんでいる人を温かく見守って欲しい。そして一刻も早く世の中が日常に戻り、飲む人も飲まない人も、一人で、家族と、仲間と楽しい時間を過ごせるようになることを願っている。

子安 大輔(こやす だいすけ)
株式会社カゲン 代表取締役
1976年生まれ。東京大学経済学部卒業後、博報堂入社。マーケティングセクションにて食品、飲料、金融などの戦略立案に従事。その後2003年に飲食業界に転身。飲食店や商業施設、ホテルなどのプロデュースやコンサルティングに数多く関わる。著作に「『お通し』はなぜ必ず出るのか」「ラー油とハイボール」(ともに新潮社)など。食について多様な角度で学ぶ社会人スクール「食の未来アカデミア」主宰。

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