シニア層がもたらす多様な価値

「誰か、人いないかな?」「ほんとウチも人足りなくて、まずいんですよ」これは飲食店経営者の間で挨拶のように日々交わされている会話である。

実際、外食業界の人手不足は相当深刻だ。それももっともなはずで、そもそも社会全体が求職者の売り手市場となっている。厚生労働省のデータによれば2014年の有効求人倍率は、前年比で0.16ポイント上昇して1.09倍だったそうだ。この数字はバブル経済末期の1991年の1.40倍以来、23年ぶりの高水準で、1.0倍を上回ったのは2007年を最後に実に7年ぶりなのだ。ゆえに業種を問わず人材不足は各社共通の悩みである。


その結果、多くの飲食店ではいくら求人広告を掲載しても正社員はなかなか雇用できず、またアルバイトも思うように集まらない状況に陥っている。中でも銀座のように周囲に住宅街や大学のキャンパスが少ないような地域では、1300円という高額な時給を提示してもアルバイトがまったく確保できないという現象が起こっている。さらには、慢性的に人材が不足していて営業することができないからという理由で店を閉じるというケースさえあるのだ。


もちろん飲食店の人手不足を、マクロ環境のせいだけにするわけにはいかない。例えば、外食企業の一部が「ブラック企業」として世間で大いに騒がれたために、外食産業全体が特に若者にとっては敬遠すべき業界に見えていることも大きな原因だろう(ちなみに個人的な見解としては、他にもっと労働環境の厳しい企業はあるはずだが、やり玉に挙げられてしまった両社は気の毒なことだと思う)。


その結果、同じサービス産業であればコンビニに働き手が流れている可能性は高い。個人事業主や中小企業の比率が極めて高い外食産業の世界では、労働環境の整備という点では他産業に大きく後れを取っている。これまでないがしろにしてきた労務問題にしっかりと対処していかない限り、今後も業界の求人難は続くことだろう。


しかし、ここまで述べてきたことは主に「若い世代の採用」の話であるという点に注意が必要だ。現在の飲食業界では50歳を越えると雇用側が途端に採用を躊躇するようになる傾向がある。その理由としては、飲食店の経営者や店長は比較的若い世代であることが多く、そうすると年長者を使いにくいという点が大きい。さらには、飲食店の現場は体力勝負の側面があるので、経営者は50代以降の人材に対しては病気や怪我のリスクを感じやすいという点も挙げられる。その結果、50代以上の人材は経験が豊富であっても実は就職・転職が難しいという実態がある。


しかし、中にはそうした年長者をうまく活用している企業もある。皆さんは「モスジーバー」という言葉を耳にしたことはあるだろうか。これはモスバーガー(企業名はモスフードサービスだが、企業名も含めて以降「モスバーガー」という呼称で統一)の店舗で勤務する60代以上の人材に対してメディアがつけた愛称である。


いわゆるチェーンレストランを見渡したときに、モスバーガーのようにシニアの人材を活用できているところは決して多くない。同社の直営店では60代以上の従業員は全体の約5%を占めているが、東京の五反田東口店では50名中10名、実に20%がシニア世代なのである。ちなみに横浜のとある店舗ではなんと82歳の方が現役バリバリに働いているそうだ。1日9時間の勤務を、2日出勤して1日休みというペースで続けているというから驚きだ。


シニア世代が現場の第一線で働いていることは、他の従業員やお客にとってはどのような影響があるのだろうか。同社で働くシニア世代の従業員はモチベーションも高く、シフトをしっかり守るなど仕事に対する責任感も強い。それは若い従業員にとっては良い手本となるだろうし、また直接的な仕事面に限らず、社会全般について彼らから学ぶことが多いそうだ。


またお客の立場から見ても、おじいちゃんやおばあちゃんのような年代のスタッフから柔らかい接客サービスを受けることでほっこりと心温まることも多いために、評判も上々だそうである。さらには、他のファストフードにはあまり足を運ばない年配の人々にとっては、自分と同じような年頃の人が働いているモスバーガーには行きやすいということで、それが来店の動機付けにもなっている。


もちろんすべてが手放しで良いことづくめというわけではない。20代の店長からすれば、自分の親よりも年上の従業員と働くことには仕事のやりにくさを感じることも往々にしてあるだろう。また調理のようにスピードが強く要求される業務は任せにくいため、分業体制のとれる大型店舗でないと雇用しにくいという点もある。しかし、そうしたマイナスを差し引いても、シニア世代の活躍は同社の大きな財産となっているに違いない。


ちなみに、モスバーガーは現在のような若年層の採用難を見越して、シニア層に目を付けていたわけではないそうだ。1990年代の人手不足の折に比較的年齢層の高い人材を雇用したのだが、その人たちが継続勤務をしてくれているうちにシニア層になっていったというのが実態である。そしてそうしたシニアが現場で働いている様を見て、「ならば自分もできるかも」というように、上の年齢層のスタッフが新たに集まるようになっていったのだ。


先にも述べたが、外食産業の中でシニア層をうまく活用できている企業は決して多いとは言えない。今回取り上げたモスバーガー以外に目につくとすれば、「丸亀製麺」といううどんチェーンくらいではないだろうか。同店でも調理・接客スタッフとしてシニアの活躍が目立っている。


少子化・人口減が続く中、「若者の採用」をいつまでも追い続けることは、単なる「ないものねだり」になってきているのを強く感じる。もちろん労働環境を整備して、若者にとって魅力ある職場としていく努力は継続していくべきだ。しかし、絶対数が多く、しかも昔の「老人」とは違って体力にも自信があるシニア世代を、飲食店はお金を落としてくれる消費者としてだけではなく、貴重な働き手としてもっと見ていく必要があるのではないだろうか。


外食産業は主たる働き手である若者の超長時間労働によって、無理矢理に成立させてきたというのは紛れもない事実である。そしてそれで何とかなってきてしまったことで、本来もっと早く改善すべきだった点が手つかずのまま残っている。労務管理の立ち後れやいつまでも進まないIT化などはその最たる例だ。


しかし、もうこれまでの方法論ではもちこたえられない限界が近づいている。今後は隙間時間を活用した短時間勤務のような新しい働き方も取り入れていかないといけないだろう。シニアが働きやすい環境をつくっていくことは、子育て中の主婦やダブルワークを行う働き手などにとっても、それは働きやすい職場となるはずだ。


さらにモスバーガーのように、シニア世代の存在がお客や他の従業員にとってプラスの効用をもたらすことも期待できる。人手不足だから仕方なくシニア層を雇用するというネガティブな発想ではなく、シニア層を採用することがもたらす多様な価値に気付くことができれば、おそらくそれは次の時代の外食シーンをつくっていくことに繋がっていくのではないだろうか。

 

子安  大輔  (こやす  だいすけ)
株式会社カゲン  取締役
東京大学経済学部卒業後、㈱博報堂入社、マーケティングセクションにて食品、飲料、金融などの戦略立案に従事。2003年博報堂を退社し、飲食業界に転身。著作に「『お通し』はなぜ必ず出るのか」(新潮社)など。

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