プリンシパルは誰? 演じきること、そして熱い想い

幸せのステージの変化

最近の傾向として、いかにして自分自身の価値を高め、自らが主役として、話題の中心として注目を浴びる事がもてはやされる事がないであろうか。確かに、主役として脚光を浴びる事はマズローの5段階欲求説の尊厳の欲求や自己実現欲求を満たすものであるかもしれない。

シェイクスピアの「お気に召すまま」の一節に「ALL THE MEN  AND WOMEN ARE MERE PLAYERS」という一節があるようであるが、ある意味では、全ての人が主役の役を演じる事が出来るという事と同時に、人生すべての事柄が、世の中、この広い世界の中で、あくまでも一役者として与えられたパートを演じているに過ぎないといった意味もあるのであろう。


今、様々な意味で仕事の仕方、価値観等の変化が言われているが、今後、労働力の流動性が高まれば、自らの「価値」を大きくし、大きく見せるために自らが主役に立ちたいという傾向が顕著になる事もあるかもしれない。


本来、努力をする事によって自らの価値を高める事は非常に崇高な行為である。しかしながら、全ての舞台に主役は多数必要無いものである。
今回の「TOP  INERVIEW」の方々に共通するものは、目的意識が明らかになっている事ではなかろうか。


中村ブレイス様においては、人々の幸せと地域の幸せを支える、新潮社の後藤様からは、著者とは異なった視点を導入することによって売れる本をつくる、明治の管理栄養士の御三方からは、栄養サポートという専門性を生かしトップアスリートの活躍を支えるといった明確な目的意識である。自らが主役である否かの問題ではなく、自らの役割を演じ切るといった清々しさを強く感じるものである。


SDGsへの関心の高まりを考え併せれば、個の尊重も当然の事としながらも、幸せの枠組みも決して自己だけではなく、地域、他の人々への貢献と、明らかに次のステージに向かいつつあるように思える。ちなみに、日本の医療界ではシニア層の劇的増大に対応するために幅広く総合的に患者を診断する専門医である総合医療医師(プライマリーケア)の拡充が提唱されている。この事も、一面では大きな変化であるとも言えるであろう。


主役は誰か

自らの行動の目的と、演者としての自らの役割を明確にできれば、必然的にどのような行動を行えば良いのかが定まってくるが、行動に向かう動機付け(モティベーション)をどのようにして保つかは大きな問題かもしれない。


本質的に人は太古より欲望の塊であるので、アドラー心理学での「人は他の人との比較の中でしか、自己の存在を確認できない。また、他の人との比較の中でしか優越感を感じる事が出来ない」といった本能との闘いであるかもしれない。


そこには一種の諦観が必要なのかもしれない。(諦めるという言葉の本来の意味は物事の本質を明らかにするという事のようです。)概念的な部分だけではなく、自らの存在意義は何なのかを深く考え、その上で、自分しか持っていない宝を生かし出来る役を演者として演じ切るという「熱い想い」が当然不可欠であろう。


もはや、そこには主役という概念も黒子という概念もなく「熱い想い」を実現するために役割を演じるといった点では、絶対無二の主役となっているのであろう。


今回のインタビューの中(MARKETING HORIZON2019年9月号)で中村ブレイスの中村社長が「中村教」という言葉を使われているが、深い哲学的な考えにもとづいた「熱い想い」というものが「黒子」の美学なのかもしれない。


変数を減らし一歩一歩

様々な所でAIの可能性と脅威が語られているが、なかなかAIとは一体何なのかは、理解しづらい部分がある。現在のAIは一つの目的に特化した特化型AIであるが、一説には汎用AIが2030年ごろには登場し、時を同じくして第四次産業革命が本格化すると言われている。


果たして汎用AIが登場するのか否かは判らないが、AIを自らの仕事を奪うものと考えるのではなく、自らの仕事や生活、果たすべき役割を助けてくれる、また支えてくれる仲間、黒子としてのパートナーと考える必要があるであろう。


一般的に、AIは創造的な活動に関しては得意分野ではないと言われている。前述の汎用AIが登場すれば、この状況も変わるものと考えられるが、人間の創造活動のポイントは大きく3点であるかと考えられる。

・好奇心と疑問によって何かを探求する。
・無作為に行動の方向性を定めるのではなく、知識や勘に従い方向性を決める。
・経済的利益がなくとも、創造活動の過程の楽しみのために創造活動を行う。

まさに、何らかの「想い」があっての行動が人間の特筆であろう。どれだけの道があっても進めるのは一つの道である。合理性以外の部分が大きく影響するものである。


数学者であるフォンノイマンは次のような言葉を残しているそうである。「パラメーターが4つあれば象を描ける。5つあればその象の鼻を動かせるであろう。」というものである。


この言葉の真意は、パラメーターが増えれば増えるほど、結果が悪くなる場合があるとの比喩である。もっと言えば、余計な事を考えれば考えるほど、本質が見えなくなるという事であろう。プロの黒子(誰かを支える人達)は表舞台に立つ主役を輝かせるために、雑念を捨て一歩一歩、信念を持って突き進む人なのかもしれない。


黒子とホラクラシー

近年、従来の階層型のピミッド組織から、水平型組織への転換、具体的にはティール型組織の有用性が話題になる事が多い。産業革命以前、産業革命以後、はたまた現在では第4次産業革命といったワードが出て来ているが、ITというもの進化によって働き方の変化、個人に与えられる役割は当然変化してきている。


ホラクラシーは、当然の事ながら組織の頂点からの様々な指示命令によって組織が行動する事ではなく、組織の1ケ1ケのセルが意志を持って他のセルと有機的に関係を持ち組織目標を達成する事であるが、この事と「支える」「黒子」との関連性は非常に大きなものであると考えられる。


即ち、大きな組織体の「目的」を達成するために、構成要素である1ケ1ケの小さな組織体であるセルが役割を演じ切るという事にならないであろうか。


ティール型組織は目的意識の高い人材の存在によって始めて成り立つと言われているが、従来型の垂直的規模拡大というものが、環境変化に伴い成立しなくなって来ている現在、目的を明確に持ったプロとしての「黒子」を演じ切る企業、人材が必須となると考える。組織の中での主役ではなく、自らが関与する人々、地域等々の幸せを増大させるための主役、そこに黒子の醍醐味があるように思う。


一度きりの人生、人生の主役は個々人である。自らの役割と強みを最大限に生かし利他の行動をやり切るとき、プロとしての「黒子」になりうると同時に、その時は「黒子」の存在であっても自分自身の人生という舞台ではキラキラとした最高に主役になっているかと考える次第である。



中島  聡  (なかしま  さとし)
株式会社明治 執行役員 マーケティング・開発統括本部 マーケティングソリューション部長。明治大学大学院 グローバルビジネス科講師

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