いつの間にかどっぷりと

デパートの地下1階に水道の遺構@ローマ  当時の水道橋をプロジェクションマッピングで投影 デパートの地下1階に水道の遺構@ローマ  当時の水道橋をプロジェクションマッピングで投影

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2020年7月号『根力と軸行力』に記載された内容です。)

「記者」って言いたくない!

ある講演会で、小説家・塩野七生氏の言葉「インフラストラクチャーくらい、それを成した民族の資質を表すものはない」を紹介された時、とても感動したことを覚えている。

道路や鉄道、上下水道、港湾などの社会インフラは、その地域の地形や気候、そこで暮らす人々の生活様式と深いかかわりを持って成り立ってきた。下水道ももちろんその一つである。


下水道について聞けば、きっと多くの人が「汚い」「臭い」などマイナスなイメージを持っているだろう。私も入社当時、「日本下水道新聞」の編集部に配属され、「なんだか汚そうで嫌だな」と思った記憶があり、友達にも下水道新聞の記者だと伝えるのが何となく恥ずかしかった時期もある。


当然、下水道について考えたこともなければ、下水処理場に入った汚水や街に溢れた雨水がその後どうなるかなんて考えたこともなかった。下水処理場で汚水をきれいに処理するのは薬品ではなく、微生物だなんて、国民の何%が知っているだろうか?


もはや下水が愛おしい

下水道新聞の記者になって早5年が過ぎ、今となっては私も下水道に愛着を抱いていることを認めざるを得ない。旅行に行けばマンホールの写真ばかり撮ってしまうし、街中で下水道工事が行われていれば、自然とどんな工事をしているのかのぞいてみるようになった。


今は、下水道を汚いと全く思わないし、臭いにも慣れた。むしろもっと多くの人に下水道のことを知ってもらいたいと思っている。そんな私から下水道がただの汚い水の集まりではないという一例をこの機会にぜひ紹介したい。


現在、欧州を中心に下水からの新型コロナウイルスRNA(遺伝物質)の検出が次々と報告され、世界各国で調査研究の動きが急速に広がっている。日本においても、複数のチームが調査研究を始めており、その成果が少しずつ表れてきている。


これにより、下水をモニタリングすることで新型コロナウイルスの第2波以降の流行予兆の検知が有効であるという可能性が示された。つまり、世界中を震撼させている新型コロナウイルスの問題に、近い将来、下水道が大きな貢献をできるかもしれないのだ。


まずはウイルスの検出手法の確立からであり、社会に実装するには時間が必要となるだろう。だが、この先いつまたどんな新型のウイルスが流行するかわからない。こうした研究が進むことで、下水道に新たな価値が生まれることに期待したい。


怒鳴られるかと思ったら・・・

昨年10月、台風19号で被害を受けた地域の下水処理場へ取材に行った。上司は最初、私ではない記者を現地入りさせるつもりだったが、どうしても行きたいと志願した。入社した時に「災害と海外の取材は現地に行かなければわからないことがたくさんある」と先輩記者から事あるごとに教えられていたからだ。


実際に現地に入ると、街中水浸しというよりは泥まみれで、行動しようにも道路は封鎖され、動きたくても動けない。災害の混乱が身に染みて伝わってきた。やっとの思いで目的地である下水処理場に着けば、周辺のマンホールからは水が噴き出し、処理場は泥と水にまみれて、もはやその機能を果たしていない状態だった。


復旧作業に奔走する処理場の職員からは、先が見えないことに対する悲壮感と何日も帰宅していないだろう疲労が見てとれた。こんな時に取材なんて迷惑であることはわかっていたが、私の使命は被災地の状況を正しく伝え、一日も早い復旧を後押ししていくことだと自分自身に言い聞かせた。


素早く話を聞いて、被災状況を撮影し帰ろうとした時、ある職員から呼び止められた。こんな時に迷惑だと怒鳴られるのかとビクビクしたが、「この先どうしていいかわからないから、水害から復旧した処理場を知っていたら教えてほしい」と言われた。


なんとしてもその思いに応えたくて、編集部に連絡して専門紙の記者として伝えられるだけの情報をメモにして渡した。取材は一方通行ではいけない、情報を取ることも大事だけれど、それだけが記者の仕事ではないと教えてもらえたような気がした。


「これで十分なんです」

専門紙の記者としての私なりの「根力」は、下水道という24時間365日止めることのできないインフラを守り続ける現場の人の姿とその思いを新聞紙面という形で記録していくことだと思っている。


ある会議で、講演をした地方公共団体の職員の方が「実は私の取組みが下水道新聞に載ったんです」といって何年も前のグチャグチャになった新聞を広げてその場で披露してくれたことがあった。あまりにもグチャグチャなので、講演後に「新しいものを送りましょうか?」と声をかけたが、「これで十分なんです」と言って、その新聞を大切そうに折りたたんで、ファイルにしまっていた。


私にとっては毎週発行している新聞の、何百本?何千本?書いた記事のうちの一つでも、その方にとってはたった一つの大切なものだとあらためて教えてもらった。記事の執筆に行き詰った時には、いつもこの光景を思い出している。


私が踏ん張れる理由

「毎日移動して生活するゴリラと違い、人間は定住する。インフラはこの定住という文化から生まれた。われわれは自分の住む場所を守り、快適にして次世代につないでいく義務がある」――。これは、京都大学の総長で霊長類学者でもある山極壽一氏の言葉だ。インフラとは何のためにあり、われわれはこれから先、下水道の行く末をどう伝えていけばいいのか。


そんなことを考えているうちに、気付けば記者として6年生になった。この5年間、取材を通して多くの人に出会ってきた。地方公共団体の職員から政治家、経営者、研究者、デザイナーなど多岐にわたる。新聞記者の強みは名刺一枚で誰にでも会えることだといわれていたが、本当にその通りで、業界の垣根を問わず、会いたいと思った人にたくさん会うことができた。


出会った人を大切にして、誰に対しても誠実でいたいと思いながら一生懸命、仕事をしてきたつもりだ。今でも記事を書くのは得意ではないし、人より上手な文章を書ける自信も正直ない。インタビューや現場ルポをするたびに、うまく伝えきれなくて申し訳ないと思う時もある。けれども、「どんな上手な文章を書いてもらうかではなく、高島さんが取材に来て記事を書いてくれるから嬉しいんだよ」と言ってくれた人がいたことを思い出して踏ん張っている。


プロとして仕事をしている以上、上手な文章を書ける記者にももちろんなりたい。当然そうあるべきである。でもそれ以上に、いまや当たり前の存在となって多くの人の目に留まらない下水道の仕事に、日々一生懸命努めている人たちの誇りを私なりの言葉で伝えられる記者でいたいと思っている。

クリックして拡大(図1~4)



高島  早緒 (たかしま  さお)
株式会社日本水道新聞社  新聞事業部日本下水道新聞編集部記者
日本で唯一の下水道専門紙の記者として、全国の地方公共団体や大学を中心に下水道事業の今を報道する。

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