「愚か者がいい」

世間を変えた賢人たちの語録をたどって行くと、「Stupid」や「Foolish」という言葉に出会うことが多いことに気がつきます。そうなってはいけない、と主張するのだと普通で面白くないですが、逆にそれがいいのですと説いているので「おや!?」と持ち前のお安い好奇心が目を覚ましてしまいます。

本拙文では2020年の年頭に当たって、私が今までに出会ってワクワクし、元気をいただいた4賢人の言葉を紹介させていただきます。私自身がまったく美意識に欠けた人間なのでこのテーマで自分自身を語るのは不適切極まりないことだと思い、ここでは、私が美を感じた他の人のお言葉をご紹介することで私のメッセージに代えることにしたいと思います。


ダン・ワイデンの「Stupid」

ダン・ワイデンは、米国ポートランドを基点に世界各地で素敵な広告をつくってきたクリエイティブエージェンシー「ワイデン・アンド・ケネディ(以下「W+K」)」の創業者で「ナイキ」の「JUST DO IT」の発案者として知られています。


以下でご紹介する言葉は、W+Kロンドンのウェブサイトの2005年2月18日の記事からの引用です。原文を同時にご紹介するのが一番精確ですが、紙幅の都合で私の拙い和訳だけでご容赦ください。原文はこちらです。
http://wklondon.com/2005/02/words_from_wied/ 

" W+Kは1982年に米国ポートランドで愚か者(fools)の集団として始まりました。愚か者だったからここまで来られたと固く信じています。アド・エージェンシーがどうあるべきかを分かろうとずっと努力してきました。その当時唯一のクライアントだったナイキもわれわれとどう協働したらいいかをずっと真面目に考えていました。私たちはともに信じられないくらい何も分かっていませんでした(We were both incredibly stupid.)。それが鍵だったのです。分からなければ一生懸命分かろうとします。しかし、「ああ分かった!」と思った瞬間に人は学ぶことをやめ、疑問を投げかけることをやめ、自分が賢いと思い始めます。これであなたはおしまいです。もう愚か者には戻れません。残念ですが死ぬしかありません "


世阿弥の「初心忘るべからず」

このダン・ワイデンの言葉を聞いたときすぐに頭に浮かんだのは世阿弥のこの言葉です。世阿弥が晩年にまとめた『花鏡(かきょう)』の最後の章「奥段(おくのだん)」に出てくる「初心忘るべからず」はまさにダン・ワイデンの「愚か者たれ」そのものです。そこには「是非の初心」「時々の初心」「老後の初心」と3つの初心が述べられていて、そのそれぞれで詳細な芸能論が展開されています。


そこでの世阿弥の議論を一言にまとめると「どんなにうまくなっても、どんなに名声を得ても、初心者になった気持ちで芸を習得しなさい」ということになります。この「初心」の解釈について、下掛宝生流能楽師の安田登氏はつぎのように語っています。

"「初心」の「初」の字は「衣」と「刀」で成り立っている。これは衣にはさみを入れることに由来する。古い時代の日本においては衣すなわち反物は高級品であった。ある地位に到達したとき、そのときに自分のもつ反物(=確立した名声)を切り刻んでこれまでの自分の蓄積したものを捨て去り、ゼロから新しいものに挑戦することを「初心」と言う "


ダン・ワイデンは『花鏡』を読んでいたのでしょうか。時代を超えて、海を越えて、達人たちが同じ気付きを得ていたのは興味深いです。


スティーブ・ジョブズの「Foolish」

米国アップルの創業者、スティーブ・ジョブズが2005年のスタンフォード大学の卒業式に招かれて語った”Stay hungry. Stay foolish.”はあまりに有名です。読者の皆さんも「ああ、あれね」とお思いのことと思います。


ここでもStupidならぬ「Foolish」が出てきますが、実は正直なところ、それが何を意味するのか、私はいまひとつピンと来ませんでした。そこで、オリジナルの動画を何回か見たところ、つぎの2つのことに気がついたのです。


一つは、これがジョブズ自身の言葉ではないことです。実はこれは、ジョブズがかつて愛読していた不定期刊行物『Whole Earth Catalogue』の編集者スチュアート・ブランドが、廃刊になるときの最終号の裏表紙に載せた読者宛のメッセージで、それをジョブズが引用したものでした。


そのことはスピーチの中でジョブズも紹介し、その上で「この言葉を諸君に贈ろう。Stay hungry. Stay foolish.」となったのです。ただ、あまりに唐突でジョブズからは何の説明もなかったのでfoolishとは一体何なのだともやもやしてしまったのでしょう。


もう一つは、その最後の下りの直前にジョブズがこちらは自分の言葉で素晴らしいことを語っていることです。私はこれにしびれました。自分がすい臓がんから生還したことを述べ、「死は人生の最高の発明だ」と語った後で学生たちに次のように語りかけます。

" 諸君の時間も限られています。他の人と同じように生きるという無駄をしている暇はありません。世間の常識という罠にはまってはいけません。他人の意見という雑音が、あなたの心の底から沸いてくる声を掻き消すようなことがあってはいけません。一番大事なことは、あなた自身の思いと直感だけにしたがって行動する勇気を持つことです。その直感が、あなたが将来どうなりたいのかを一番よく分かっているからです。それ以外は皆どうでもいいことです"

 
上述のように私は「Stay foolish.」の真の意味がピンと来ないままでいましたが、このジョブズの言葉にはストレートに「そのとおり!」と膝を打ちました。この言葉と「Stay foolish.」をつなげてみると、なるほどそういうことだったのか、と思えるようになりました。ジョブズは「他人にfoolishと言われても恐れるな。むしろ、世間からfoolishと言われるくらいの挑戦をしなさい」と言いたかったのではないかと思えるのです。


鈴木大拙の「わび」

もし「Stay foolish.」をそのように解釈してよいとすると、ここでも同じ趣旨のメッセージを、海を越えた日本で見出すことができます。以下は、鈴木大拙著『禅と日本文化』(岩波新書)の中の一節です。

"わびの真意は「貧困」、すなわち消極的にいえば「時流の社会のうちに、またそれと一緒に、おらぬ」ということである。貧しいということ、すなわち世間的な事物(冨・力・名)に頼っていないこと、しかも、その人の心中には、なにか時代や社会的地位を超えた、最高の価値をもつものの存在を感じること、これがわびを本質的に組成するものである"


この初版本は1938年に英語で出版されました。禅に親しんでいたジョブズがこの本に触れて何らかの影響を受けていたとしても不思議ではありません。


以上、ダン・ワイデンの「Fool」と「Stupid」、スティーブ・ジョブズの(引用した)「Foolish」をみてきましたが、ともに日本語では「バカ」とか「あほ」を意味するものですが両者は少し違ったことを言っているようです。ワイデンは「学びへの姿勢」を説き、ジョブズは「世間の常識からの自由」を強調しました。でも、この二つの教えは私にとって両方とも非常に心地よいものでした。


この4人を選んだこと自体が私のメッセージですが、「あなた自身の言葉はないのか」という突っ込みがどこからか飛んできそうです。そこで最後に私自身の隠し味をちょいとつまんで振り掛けてみることにします。ワイデン/世阿弥/ジョブズ/大拙も「あほ」を語っているわりにどことなく説教くさく、堅いですね。


私の言葉は「糞真面目に話を聞くな」です。メッセージは身体(からだ)感覚で気に入れば自然にスーッと入ってきますし、身体が何かが違うと思ったら聞くのは苦痛以外の何物でもありません。何事も緩く、遊びがあるのがいいと思っています。そして、ゆったりと笑顔があるのがいいですね。


ここまで読んでくださった皆様には心から感謝します。身体感覚で無理なく気に入ってくれた方がお一人でもいらっしゃればこんなうれしいことはありません。皆さまには、実り多い2020年をお祈りいたします。



片平 秀貴(かたひら ほたか)
丸の内ブランドフォーラム 代表  
2001年、「丸の内」ブランド再構築のお手伝いがきっかけで丸の内ブランドフォーラム(MBF)創設。「社会に笑顔の火種をつくる」の信念のもと、同志とブランド育成の勉強と実践を続けている。2010年から本誌編集委員長。趣味は仕事とラグビー、併せて2019年に東京21世紀管弦楽団創設

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