DXにはマーケティングの力が必要

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2020年9月号『DXの虚と実 Do or Die?』に記載された内容です。)

古い業界や老舗企業を含むデジタルトランスフォーメーション(以降DX)に、長きにわたり先駆的に取り組み、いまは江端浩人事務所 代表・エバーパークLLC 代表として企業のDXを支援し、デジタル・アクティビストとしてDXの教育・啓蒙に取り組む江端浩人氏に、お話をうかがいました。

江端氏は、世界で初めてインターネット経由でデジタルカメラの写真データをオンラインプリントできるサービスを展開したDigipri(デジプリ)を1996年に起業、2007年に公開の「コカ・コーラパーク」はユーザー数1300万人に至りオウンドメディアのパイオニアとして注目されました。現在は、株式会社スポーツニッポン新聞社のCDO(チーフデジタルオフィサー)兼特任執行役員やiU情報経営イノベーション専門職大学の教授としてもDXの実践や人材育成に携わっています。

 


日本のDXの問題


 

そもそもデジタルとは何かという定義と共通認識が欠けており、特に日本語でデジタルを上手く表現できていないと江端氏は指摘します。デジタルとITはイコールではなく、実現する手段としてITがありますが、日本ではデジタルはITに近い受け取られ方をしています。

江端氏は、DXというと、IT部門に投げようという意識が強いのではと危惧します。IT文脈になるとツールやシステムの導入といったことになりがちです。また、日本のIT部門はSIer(システムインテグレーター)との関係や依存が非常に強い傾向があります。SIerに頼りすぎると、自ずとDXの本来の目的とはズレが生じます。特に大企業はその可能性が高く気を付けた方がいいでしょう。

現実に、IT部門が主導でDXプランをつくりがちですが、既存のプロセスをそのままITに乗せるだけでいいのでしょうか。例えば、単純にEC化することで少しは売上が上がるかもしれませんが、将来の市場や顧客、何を価値として訴求して利益を得るか、という議論をせずにECに移すこともみられます。

DXの最初のアクションは、将来の会社や事業のあり方と言った本質的な議論であるべきです。そもそも、何のためにDXをやるかきちんと定められていない、あるいは本来達成しようとしている目的とはズレた方向に進んでいませんか?

 


DXとは何か?


 

新型コロナウイルスの感染拡大によって、様々な仕事やサービスがいわば強制的にデジタル化されました。料理はオンライン注文、会議はリモート、資料はデータ化されるようになりました。それがDXかと聞かれれば「DXの一歩目である、しかしDXの本質はその先にある」と江端氏は言います。

コロナ禍がもたらしたアナログからデジタルの置き換えは、会社が通常業務を維持するために行ったことですが、それはいわば、商品やサービスを供給する側の視点からのDXです。

供給側では、あちこちからDXという単語が聞こえてきますが、DXのメリットを享受するはずの市場からはDXで便利さや楽しさが増したといった声があまり聞こえてきません。いわば「本当に市場が喜ぶDX」は、まだあまり実現されていないと、江端氏は指摘します。

アナログからデジタルへの置き換えは、それはそれで大切です。しかし、新たな価値創造やアナログではなかなかできないビジネスモデルを取り入れるなどの機会があるのにできていないところが、日本企業の大きな機会損失になっています。

江端氏は、単なるIT化やデジタルに置き換えるものをDX1.0、将来を見据えたマーケティングや経営の観点を入れたものをDX2.0と呼んでいます。

フィリップ・コトラー博士のマーケティング理論にも呼応していますが、今のDXは1.0、マズローの欲求段階での生理的欲求、安全欲求といえるでしょう。安全にインターネットにつながりたい、デジタルを活用したいと思い、アナログでやってきたことをデジタルに置き換えることがDXの第一歩であるDX1.0です。

しかし、それ以上のこと、例えばどうやってユーザーに好かれるか、どうやって社会的に承認してもらえるか、どうやって自己実現するか、といったことは今のDXではあまり議論されていないようです。それ以上の価値創造がDX2.0です。

 


DX2.0にはマーケティングの力が必要



江端氏は、日本ではマーケティングというとリサーチだと思っている人もいますが、経営に直結する、問題解決をすることだとあらためて認識する必要があり、DXにマーケティングの力を入れていかねばならないと説きます。

顧客に近く、市場をもっとも理解しているマーケターが積極的にDXに関わる必要があります。マーケターは市場がどんな課題を抱えているかを分析できます。社会の変化や動向、消費者の心理に共感でき、働き方や暮らし方の未来像を思い描ける人は、市場が求めるDXを導き出すことができるでしょう。

こうした、(マーケティング部門の所属かを問わず)マーケティングの視点を持つ人が、「本当に市場が喜ぶDX」の実現に貢献できるでしょう。言い換えれば、デジタルへの置き換えができる「ITの人」と市場の問題を理解する「マーケティング志向の人」が力を合わせることが大切です。

また、マーケターがDXでも組織的に重要な役割を担っていて、価値向上に貢献できるということをきちんと見せられるチャンスです。ITの人がマーケティングを理解することも重要ですが、マーケティングの人もある程度ITの理論やプログラミングなど、DXに必要な知識を学ぶべきでしょう。

 


DXできる企業とは?



江端氏は、DXを遂行できる会社とできない会社の格差が開くと語ります。例えば新型コロナで飲食業界は打撃を受けていますが、逆に伸びている会社があります。デリバリーのインフラを提供しているUber Eatsや出前館、オーダーのシステムなど仕組みを提供するShowcase Gigなどは伸びている解りやすい例ですが、それだけではありません。

それぞれのお店は、テイクアウトやデリバリーなどを始めたと貼り紙しても出歩く人が少ないから見てくれません。一方、Facebookのグループや、何らかオンラインでつながっていれば全員に一斉に発信できます。お得意さんにオンラインでコミュニケーションしオーダーできる仕組みがあれば、売上は下がっても、利益的にはそれほど遜色ないところまで戻せたというお店もあります。

それも、新しいECの仕組みをつくったわけでもなく、既存の技術の組み合わせでスグできたのです。つまり、DXといってもすごい投資をして全部デジタルにしなければならないわけではなく、リテラシーの有無、そのリテラシーを使って何ができるかを理解しているかで大きな差になってきます。

また、お客さまとのつながり方が問われます。ファンや常連さんは大切ですが、ちゃんと可視化されその人とつながりたいときにつながれるようなベースがないと宝の持ち腐れ、つまり店も活用ができない、ファンも応援したい時に応援できないこととなりお互いに不幸な状況になります。

今回の新型コロナでお店が苦しいときに、近所でなくてもわざわざそこにテイクアウトやデリバリーを注文する、お店が存続してもらいたいから多少無理しても買ってあげようと顧客が行動できるか否かは、デジタルのつながりが大きいです。お店に行けなくてもオンラインで注文できれば手軽です。そうしたつながりを持つかは、飲食店に限らず、企業でも同様です。

マスマーケティング型やSNS型のブランディングを超えた顧客とのつながりについて、江端氏は、顧客と直接つながればよいので別にSNSなどなくても構わない、そうした新しいモデルも可能になるだろうと語ります(ちなみに、販売はしませんでしたがコカ・コーラパークは消費者と直接つながる先駆でしたby 本荘)。

 


いまの課題、将来の課題



日本企業のDXの失敗要因について、江端氏は、まず問題が何か分かっていないと指摘します。IoTやAIといった技術は問題の解決に使う手段であり、手段を先にいってとにかくやれ、といったことは避けたい。まず自社が抱えている“売り上げが落ちている”ということ以外すなわち問題の本質が何か、きちんと議論する必要があります。

なお、今ある問題を特定するのは比較的簡単にできますが、長期的にそれでいいのか考えねばなりません。将来の理想的な状態から逆算つまりバックキャスティングして、何が課題になってくるかを考えないと、何をするべきか分からなくなります。

極端な例では、一番これをやっているのはイーロン・マスクでしょう。ロケット打ち上げが目標ではなく火星で人が生活する必要があるから、その移動手段をつくるのです。壮大なバックキャスティングですが、そういったことが評価される世の中になりつつあります。

新型コロナでDX需要の恩恵を受けているZoomやShowcase Gigなども、将来をうまく見定めて開発してきました。Showcase Gigは、当時は先を狙い過ぎている感はありましたが、7年前から準備してきたものが、コロナ禍でみなに使われはじめたわけです。

江端氏がこの点を強調するのは、そこが抜けている例が多いからだといいます。現状の問題を解決する手法は既に沢山あるが、将来に発生する問題を予期してそれを組み込んでおく能力がないと競争に負けてしまいます。時代が速く動く中ではこれが決定的な差になってくる。これまでは現状で相手を出し抜いたりコストを下げたりすることが重要でしたが、それだけでは勝てない世の中になってきています。むしろコストを感じさせないメリットを与えるチャンスと思った方が良いかもしれません。

 


外部CDO人材の活用



デジタル変革をするときに誰がイニシアチブをとるかですが、海外ではチーフ・デジタル・オフィサー(CDO)という役割が重視されています。CDOは、ITの出身者も多いが、マーケティングの出身の人も結構います。なので、マーケティング視点でDXをリードするという事象としてはかなり出てきています。

江端氏は、2019年11月にエバーパークLLCを創業しました。DXには「デジタル×マーケティング×経営」この三つが必須であり、そのためにはCDOやCDMOが求められますが、CDO人材が非常に少なく、人が育つ時間もかかるのでシェアリングを提唱しています。

DXには触媒的な存在が、組織の化学変化につながります。外部人材が、足りないスキルを補うとともに、組織にケイパビリティを醸成しながらトランスフォーメーションできるようファシリテーションしていく役割があります。

 


リアル×デジタル



世の中ではデジタル一辺倒の論調もありますが、江端氏は、理想は「リアル×デジタル」両方あることが重要だと語ります。人間はどうやってもアナログから変われない部分がありますから、アナログとデジタルを両立してやる。例えば、学校でも全部デジタルに移行すればよいわけではなく、デジタルも使いながらアナログのいいところとうまく掛け合わせることが重要です。

江端氏は、デジタルがいいとか悪いとかアナログがどうとかではなく、リアルとデジタルのいいとこ取りの作戦、どう組み合わせたら最も良くなるかという議論をするべきと指摘します。

デジタルの人だけ、アナログの人だけ集まるより、色々と混ざり合い触発し合う機会をつくるとよいと、江端氏はこれからのDXへの期待を込めています。

(インタビュアー : 本荘 修二 本誌編集委員)

江端 浩人(えばた・ひろと)
江端浩人事務所 代表 / エバーパークLLC 代表
iU情報経営イノベーション専門職大学教授
米ニューヨーク・マンハッタン生まれ。米スタンフォード大学経営大学院修了、経営学修士(MBA)取得。
伊藤忠商事の宇宙・情報部門、ITベンチャーの創業を経て、日本コカ・コーラでiマーケティングバイスプレジデント、日本マイクロソフト業務執行役員セントラルマーケティング本部長、アイ・エム・ジェイ執行役員CMO、ディー・エヌ・エー(DeNA)執行役員メディア統括部長、MERY副社長などを歴任。
現在はエバーパークLLC、iU情報経営イノベーション専門職大学教授および江端浩人事務所代表として各種企業のデジタルトランスフォーメーションやCDOシェアリング、次世代デジタル人材の育成に尽力している。メンバー7,000名超の次世代マーケティングプラットフォーム研究会主宰。

 

 


『マーケティング視点のDX』
江端浩人(著) 日経BP (2020年10月12日発売予定)

デジタルトランスフォーメーション(DX)が世界的に注目されています。特に新型コロナウイルス感染症によるニューノーマルな社会に対応するため、企業は早急にDXを取り入れないといけません。しかし成功事例が少ないのが実情で、これは今まではDX=単純なデジタル化という解釈が多いからです。成功するDXはそれに加え、顧客の視点とデータの活用によって生み出されるものです。これはまさにマーケターの得意な領域です。つまり、成功するDXにはデジタル化を担うIT部門と顧客視点を導入するマーケターの協力が必須なのです。
本書は、DXに必要な考え方や国内外の事例を多数紹介することで、自社のDXを加速させることを目的にまとめられました。中にはDXを成功させるためのワークシートも付きます。日本のDX成功の鍵を握るのは、[我々マーケターなのです。]
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