共創しよう。宇宙は、世界を変えられる。:宇宙ビジネスの現況と九州への期待

(こちらの記事は、日本マーケティング協会九州支部 情報・季刊誌 九州マーケティング・アイズ第94号に掲載されたものです。)

鹿児島県内之浦から日本初の衛星「おおすみ」が打ち上げられてから、ことし2020年は50年の節目を迎える。国主導で宇宙開発が進められ、いまや生活に欠かせない通信・放送衛星、気象衛星、そして国際宇宙ステーション物資補給船、探査機「はやぶさ」も、鹿児島、九州から宇宙に飛び立った。

2000年代に入り、産業振興・宇宙利用拡大に資する宇宙政策が功を奏し、九州大学発ベンチャー㈱QPS研究所を皮切りに40社を超える国内宇宙ベンチャーが起業した。また、宇宙に馴染みのなかった大企業も続々と宇宙ビジネスに参入している。「見上げてきた宇宙から、使う宇宙へ、暮らす宇宙へ」、「九州で使う衛星は、九州で作り、九州で打ち上げる」。明治維新ならぬ「宇宙維新」が起きつつある九州の様々な取り組みが注目される。

 

大型基幹ロケットH3(2021年度打上げ予定)ⒸJAXA

 


2009年皆既日食から続く、宇宙・天文話題
「宇宙マーケティング」を提唱する動きも



2009年7月、日本では1963年以来46年ぶりとなる皆既日食は、神秘的な天体ショーとして空を見上げた多くの人を魅了した。同月には、日本における初めての有人宇宙施設「きぼう」も完成し、ほぼ毎年、日本人宇宙飛行士が国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在する状況が約10年に渡り続いてきた。私自身も、生活者視点のマーケティング発想やコンテンツとしての「宇宙」を意識し始めた頃である。

翌2010年6月、世界初の偉業を果たし満身創痍で地球帰還した小惑星探査機「はやぶさ」の姿は多くの日本人に共感を呼んだ。映画が4本公開され、高まる後継機「はやぶさ2」を求める国民の声にも押され、政府が開発予算を認可したことも異例だったと記憶している。その「はやぶさ2」も、2020年12月、いよいよ約6年の旅を経て地球にカプセルを送り届ける日が近い。

カプセルだけを地球帰還させ、新たな探査へ向かう小惑星探査機「はやぶさ2」Ⓒ池下章裕

 

2014年には“人類がまだ火星に行っていないのは、科学の敗北ではなくマーケティングの失敗なのだ”という刺激的な言葉が帯に躍る『Marketing the MOON(月をマーケティングする)』(日経BP社翻訳編集)が書店に並んだ。米国アポロ計画という科学的偉業を、史上最大にして最重要なマーケティング作戦として徹底解剖している一冊だ。

2015年以降、日本でも、㈱電通 宇宙ラボ(代表:澤本嘉光氏)の荒井誠氏らが、日本マーケティング学会にて、①「Marketing of Space(宇宙のマーケティング:衛星による通信放送・位置情報・気象など)」②「Marketing through Space(宇宙を通じたマーケティング:宇宙のリソースを活用したブランディング、メディア開発、広告キャンペーン、プロモーション、スポンサーシップ等)」から成る「宇宙マーケティング」を提唱し、宇宙開発利用にマーケティングのチカラを活かす動きも出てきている。

 


「宇宙は夢ではなく、現実のビジネスに」
世界の宇宙ビジネス市場規模約40兆円



2000年代に入り、米国では、イーロン・マスク氏率いるスペースX社など新興企業によるロケットの低コスト化、ライドシェア(相乗り)による高頻度・低価格な打ち上げなどで宇宙へのアクセスが比較的容易となった。

これにより、2010年頃から大量かつ小型の衛星を編隊して、地球上のあらゆる場所でネット接続を可能とする通信や地球ほぼ全域の準リアルタイムでの観測ビジネスに挑む異業種の新しいプレーヤーも複数現れてきた。

最近では、衛星を保有せず、他社から調達した衛星画像データと他の地上データと合わせAI等で解析し、金融・流通・農林水産分野などにソリューション提供ビジネスを展開している新興企業も現れている。衛星データから石油タンクの蓋に映し出された影を分析、備蓄量を推計し先物投資情報として提供する、また衛星データから大規模小売店の駐車場の自動車台数を把握し、個別銘柄の業績や株価予測に活用されている事例は有名だ。

世界の宇宙ビジネス市場規模約40兆円のうち、ロケット製造・打上げサービスや人工衛星の製造・販売の市場は2兆円弱(全体の約5%)に過ぎず、半分以上は、社会生活に不可欠な衛星放送、GPS(測位)および気象衛星データを利用した事業が占めている。

そして、いよいよ宇宙旅行時代が到来する。2021年に英ヴァージン・グループ傘下の米企業ヴァージン・ギャラクティックは、1人25万ドル・宇宙旅行の実現を目指しているほか、アマゾン創業者ジェフ・ベゾス氏のブルー・オリジン社、スペースX社らも名乗りを上げている。2023年にはZOZO創業者・前澤友作氏がスペースX社・宇宙船「スターシップ」で民間人初の月周回旅行も計画している。

2020年5月には、試験飛行とはいえ、スペースX社・有人宇宙船「クルードラゴン」が国際宇宙ステーション(ISS)に到着、同年8月に地球に無事帰還した。民間宇宙船による初の有人宇宙飛行であるこの偉業は、いよいよ民間主導の新しい宇宙開発利用の時代の幕開けを感じさせた。

早くて、2020年10月には、このスペースX社の有人宇宙船でJAXA宇宙飛行士野口聡一も含め4人の飛行士がISSに向かう。今回、BEAMSとのコラボ、㈱サニーサイドアップの企画等も予定されている。

 

野口聡一宇宙飛行士ⒸSpaceX/JAXA

 


日本で宇宙ベンチャーは約40社以上
累計資金調達額100億以上は3社も



日本では、2000年代に入り、大学発超小型衛星開発の動きが全国に広がった。2006年からのJAXA・H-IIAロケットへの無償相乗り公募開始も後押しとなり、2005年の小型地球観測衛星群ビジネスを目指す㈱QPS研究所(福岡)をはじめ、第1世代と言える国内宇宙ベンチャーが次々と創業する。

20年ぶりの日本開催だった世界最大級の国際宇宙会議IAC福岡2005(マリンメッセ福岡)にて、インターステラテクノロジズ㈱創業者・堀江貴文氏が、ロシア宇宙船を活用した宇宙旅行事業で宇宙ビジネス参入を大々的に発表したのも同じ2005年であった。

2003年、中小企業が集積する東大阪にJAXA拠点を設け、小型衛星「まいど」支援を推進していた私は、この頃、幾度か福岡に入り、八坂哲雄九大教授主宰の研究会や地場企業の工場に足しげく通っていた。茨城ロケット、北海道CAMUIロケット・北海道衛星「大樹」なども含め、地方から宇宙を目指す第1次ブームだったと記憶している。

そして、政府による積極的な支援も功を奏し、2015年以降に第2世代の国内宇宙ベンチャーの創業が相次ぐ。第1世代の宇宙ベンチャーが多額の資金調達に成功し始めたのもこの頃からだ。ロケットや衛星開発以外に、衛星が取得する画像や位置情報などのデータを活用したビジネスや将来の宇宙旅行・滞在・移住を想定した衣食住など関連ビジネスを目指すベンチャーの創業も増えつつある。

さらに、宇宙ベンチャー企業への協賛、出資だけでなく、これまで宇宙に馴染みのなかった大企業も、ものづくりで宇宙分野に乗り出す。2020年代後半の打ち上げを目指す月面探査車のトヨタ自動車㈱・㈱ブリヂストン▽B2C・エンタメ衛星や光通信のソニー㈱▽大量生産向け超小型衛星のパナソニック㈱▽小型全天球カメラの㈱リコー▽宇宙アバター(遠隔操作)技術のANAホールディングス㈱のほか、JAXAとの暮らし・ヘルスケア分野におけるマーケット創出活動では日本たばこ産業㈱、㈱ワコールなどが次々と参画している。

 


2030年代早期、宇宙産業規模2.4兆円に



政府・JAXAも、民間主導の宇宙ビジネスを後押しする方針を明確に打ち出しつつある。2016年に民間宇宙事業を推進する宇宙2法を国会成立させ、翌2017年に内閣府は「宇宙産業ビジョン2030」を発表した。衛星データ活用のさらなる加速、国内宇宙産業の市場規模を2030年代早期に現在の2倍の約2.4兆円に増やす高い目標も掲げた。

2018年には、「宇宙ベンチャー育成のための新たな支援パッケージ」を関係5府省で発表した。具体的な施策として、JAXA共創型研究開発プログラム・J-SPARCが始動、現在までに事業化を目指した約30の共創活動を進め、グリー㈱との宇宙教育エンタメVRなど実際に市場投入した案件も出始めている。

併せて、安倍総理(当時)は、2022年度までに官民併せて1,000億円規模のリスクマネーを宇宙ビジネスに投入すること、官から民へ人材・技術の流れを加速することを自らの言葉で力強く発表した。いま、これまでの国家事業に加え、資金・調達・法律などの環境も整備しつつ、民間の活力を最大限活用した新しい宇宙産業エコシステムが形成されつつある。

民間事業者は、宇宙領域を最後のフロンティアとして見立て、他分野で実績ある自社技術を宇宙分野に持ち込み、顕在マーケットで競争力獲得を狙う。または厳しい宇宙環境下の革新技術を獲得し潜在マーケット開拓を狙うなど、イノベーションの手段としてだけでなく、マーケティング・ブランディングの手段として期待し参入する場合もある。

私は、ものづくりや宇宙空間での技術実証までのリードタイムが長くなる傾向を踏まえると、宇宙分野での事業化、収益化に向けては長期の視点、景気の良し悪し等にも左右されずに長期的に見守り支えていく姿勢が必要であると考えている。

 


宇宙ビジネス創出推進自治体に2県追加認定



地方から宇宙を目指す動きは、2002年頃、町工場が集積する東大阪を中心に開発した小型衛星「まいど」や各地域の知の核たる大学における宇宙工学研究を契機に第1次ブームが始まり、2018年頃から再び火がついた。

第1次ブームは不況下の中小企業対策の色も濃かったのも事実であるが、第2次ブームである地方発宇宙の取り組みは、政府による衛星データのオープン&フリー化のもと、衛星データをいかに地域課題解決やソリューションビジネスに繋げていくかに注力しているのが特徴だ。

 


2020年9月、政府から「宇宙ビジネス創出推進自治体」として、九州では初めて、福岡県、大分県が認定された。大変喜ばしいことである。既に認定され、防災や農林業分野での衛星データ利用実証が進む山口県と同様に、今後、九州からも宇宙による地方創生の取り組みが全国発信されることが期待される。

他にも、多面性ある「宇宙」の使い方はさまざまだ。熊本のアパレルベンチャー・シタテル㈱は、JAXAと東レ㈱との共同研究成果を応用した消臭繊維でラーメン専門店「一風堂」(福岡)のワークウエア刷新に宇宙技術を使う(スピンオフ)▽2011年に国際宇宙ステーションの場を使い、宇宙を旅した酵母で焼酎を製造・販売した鹿児島県内酒造メーカー12社と鹿児島大学など、今後は、九州が得意とする衣食住・ヘルスケア分野でのビジネスも期待されるだろう。

必ずしも、ロケットや衛星などモノづくりだけのアプローチではないことを本誌の取り組み事例で知っていただき、ご自身の取り組みとの掛け合わせをぜひ着想いただければ大変ありがたい。

 


宇宙で経済成長とイノベーションの実現を



政府の新しい宇宙基本計画(2020年6月)は、宇宙政策の目標として「宇宙を推進力とする経済成長とイノベーションの実現」を新たに掲げた。IoT、ロボット、AI、ビッグデータ等の新たな技術をあらゆる産業や社会生活に取り入れ、イノベーション創出を目指すSociety5.0の実現に向け、「宇宙」は新たなゲームチェンジャーになるだろう。

また、宇宙ビジネスの進展により、情報格差や防災など地球規模の課題解決、SDGsへの貢献も期待できる。特に、ウイズコロナ・アフターコロナ社会では、広域性・同時性を有する観測、測位、通信衛星の特性がまさに活かされ、これからの自動化、リモート化、デジタル化時代にも宇宙は貢献できるはずだ。

私は、6年前、米スペースX社を訪問し、同社副社長から「スペースXの民間初の偉業は確かに凄いと世界から評されるが、それ以上に、価値のあることは、(枯れた技術を使いイノベーションが起きにくいと思われてきた)宇宙開発で、民間としてまだまだやれることがあることを世の中に示し、証明したことだ」と言われ、気づきを得た。まだまだ余白が広くて大きい宇宙、そこに描ける夢、計画も大きい。

共創しよう。宇宙は、世界を変えられる。


上村 俊作 氏
国立研究開発法人 
宇宙航空研究開発機構(JAXA) 
新事業促進部事業開発グループ グループ長/プロデューサー
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鹿児島市出身。九州大経済学部卒業後、宇宙業界へ。中小企業・東大阪衛星PJ、ロケット機体広告、国際宇宙ステーション日本実験棟「きぼう」民活・有償利用など外部・民間連携に注力。文部科学省、宇宙教育を担う㈶日本宇宙少年団(松本零士理事長)、㈱電通に出向。約3年間、民間出身理事長の秘書を務め、人事部を経て現職。現在、民間との共創型研究開発J-SPARCを通じて宇宙ビジネス創出を目指す。鹿児島JC・㈱NTTドコモとロケット打上げ中継を実現する等地域振興、教員免許を活かした青少年教育にも熱心。

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