マーケティングは「地球(人)温暖化」を進めること

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2022年1月号『わたし的マーケティング論』に記載された内容です。)


マーケティングは「地球(人)温暖化」を進めること


 

マーケティングは「地球温暖化」を進めること、とタイトルの中ほどにある「(人)」を取ると、この時代に何をバカな、と袋叩きにあいそうですね。

私がこの記事で言いたいのは、気候の温暖化ではなく、地球の人々の心の温暖化です。未だに戦争や紛争は後を絶たず、人権問題、貧富の拡大、などなど、地球人の心は冷え切っているように見えます。

 


マーケティングは「愉快な関係」をつくること



書店の(また、Amazon.comの)ビジネス書の売り場に行くといつでも「マーケティング戦略」とか「勝てるマーケティング」というタイトルの書籍が目につきます。筆者は、マーケティングは戦いでも争いでも競争でもないと強く信じます。「ビジネスとは自分や自社の利益のため顧客を奪い合う戦いだ」と考えるイデオロギーがいつの日からか日本のビジネス界に広く浸透してしまっているのですね。

マーケティングから生まれるのは「愉快な関係」です。例を2、3ご紹介します。東京銀座の伊東屋の伊藤高之元会長から生前何回か同じ話をお聞きしました。それは銀座の百貨店松屋の元会長の山中鏆(かん)さんが毎朝朝礼で「皆さんは売らなくていいのですよ。お客様に気持ちよくお帰りになっていただきなさい」と語っていたという話です。折に触れておっしゃっていたということは、伊藤さんご自身も同じことを強くお感じになっていたからだと思います。

実際のところ、伊東屋では、地下鉄で銀座の本店から10分ほど離れた広尾店(今はありません)でお客様が思った商品が在庫切れのとき、店員さんは銀座本店で在庫を確認しその方にその旨を伝えます。その方が「では銀座で」と答えると、そこで必ず銀座までの往復の切符が差し出される、ということです。

そのお客様は「気持ちよくお帰りになる」どころかその気遣いに感動しいっぺんにファンになったに違いありません。今も他の支店で同様なことが行われているかは定かではありませんが、筆者自身の体験を振返っても伊東屋さんにはこのような暖かいエピソードが多数溢れています。

大元の銀座松屋でも山中氏が去った今でも、隣の百貨店が「マイバッグの習慣を」と言って紙袋に30円〜50円も取るのに対して、「紙袋で」と言うと無償で、多くの場合二重になった紙袋に入れてくれて「気持ちよく帰る」ことができます。

ここで注意したいのは、一方的に「お相手を愉快にする」ではなくて「お相手とお互いに愉快な関係をつくる」という点です。伊東屋広尾店の例でも切符を受け取ったお客様の笑顔は、間違いなく切符を手渡したスタッフを愉快にしているに違いありません。笑顔をプレゼントするとそのお相手から笑顔が返ってくる、その嬉しさがつぎの笑顔を生む、という循環が生まれます。この愉快な関係からファンがファンを呼び、結果として業績も従業員のやる気も大いに上がるはずです。

この「愉快な関係」は、仏教では「自利利他円満」と呼ばれて人生の大切な原則とされていることは本誌2021年第8号の川野泰周老師の話でも触れられていたとおりです。

 


マーケティングは「世間もよし」を実践すること



最近、欧米でも日本古来の「三方よし」の中の「世間よし」を標榜する動きが盛んです。米国セールスフォースのCEO、マーク・ベニオフ氏は、「企業の仕事は世の中を良くすることだ」と言い切っています。

日本でも長いこと自社利益最大化のような「自利のみ追求」の風潮が続きましたが、日本社会のほつれがいろいろな文脈で顕在化してきて、企業が先頭に立って「世の中を良くする」動きも目立ってきました。社会貢献とは一味違う、自分のビジネスの中で困っている人たちと「愉快な関係」をつくろうという動きです。

無印良品を提供する良品計画は、2018年2月に「ソーシャルグッド事業部」を立ち上げ、地域を元気にするさまざまな試みを手掛けています。直江津の無印良品では地元のバス会社と連携してMUJI to GOという移動販売車を運行し、山間部のお年寄りの毎日を支えているのです。「事業として取り組んでいるので、収益性は考えている。ただし大きくもうかるわけではないのは事実」と事業部⾧の生明弘好氏(2021年3月現在)は語っています。

ヤマト運輸は、「ヤマトは我なり」の理念の元、お客様が困っていることを自分ごととしてとらえ臆せず提案し、実現させる風土があります。山奥に住むお年寄りに配達しお声掛けしないで帰ってその晩にお亡くなりになったという松本まゆみさんの痛恨の経験から「まごころ宅急便」が生まれたと聞いています。https://www.works-i.com/works/item/w119-seikou.pdf

ヤマト運輸の公式サイトには、高知県大豊町のケースが次のように紹介されています。「大豊町と商工会と連携し、地元商店を活用した「お買い物支援+見守り」を実施。お買物の注文が入ると町内商店から商品を集荷し、その日のうちにお届けしています。また、配達の際に、健康状態などを確認し、便利で安心に生活できる環境を構築しました」。

地元のお年寄りの一人は「いつも届けてくれることを楽しみにしてワクワクして待っています」と語っていて「愉快な関係」がしっかりでき上っていることが伺われます。https://business.kuronekoyamato.co.jp/government/case/desc/G00047.html

日本ではなくフィリピンでの試みですが、公文は、フィリピンのマニラに近いパヤタスという貧困に苦しむ地域で、地元の非営利団体の協力のもと公文式教室を開いています。そこで学ぶアレン君(当時小6)は「教室は楽しい。もし僕がこの貧困から抜け出せたら、他の子供たちが貧困から脱出できるように支援したいです」と笑顔で語り、修了生のペリーさんは「自分を信じることで道は拓けます」と胸を張りました。パヤタス地区では「愉快な関係」が続々生まれています。

 


マーケティングはやはり、「地球(人)温暖化」を進めること



マーケティングの一つの役割が、困っている人や困っている地域に働きかけて「愉快な関係」をつくることと考えると、その輪が世界規模で広がれば地球上の皆が「愉快な関係」でつながり、地球全体の幸せが実現します。

宮沢賢治は1926年岩手県の貧しい農民を前にして『農民芸術概論綱要』を著し「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」と論じました。それの書き出しは、「おれたちはみな農民である。ずゐぶん忙がしく仕事もつらい もっと明るく生き生きと生活をする道を見付けたい・・・・・」ですが、それはちょうど今の東京、日本、いや世界に置き換えてもそのまま通じませんか。「おれたちはみな「地球市民」である ずゐぶん忙がしく仕事もつらい もっと明るく生き生きと生活をする道を見付けたい・・・・・」と。

岩手から始まる幸福の種が「世界ぜんたい」に広がることを宮沢賢治が祈ったように、マーケティングも、個別の「愉快な関係」を大切に育てながら気がついたら「世界がぜんたい幸福」になるための重要な人間活動でなくてはいけません。コロナで痛めつけられた2年を経た2022年の始まりに当たり、マーケティングにはそのような明るい大きな役割を期待したいですね。

 


片平 秀貴(かたひら ほたか)
丸の内ブランドフォーラム 代表
2001 年、「丸の内」ブランド再構築のお手伝いがきっかけで丸の内ブランドフォーラム(MBF)創設。「社会に笑顔の火種をつくる」の信念のもと、同志とブランド育成の勉強と実践を続けている。2010 年から本誌編集委員長。併せて 2019 年に東京21世紀管弦楽団の創設を手伝う。趣味は仕事とラグビー応援。

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