デジタルがコアコンピタンスになる時代

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2020年9月号『DXの虚と実 Do or Die?』に記載された内容です。)

デジタル先端企業のCTO経験者の知見を集積して広く社会に還元することを目的とし、DX基準の提唱・普及などの活動を行う一般社団法人日本CTO協会の代表理事を務める、株式会社レクター 代表取締役 松岡剛志氏にお話をうかがいました。

 

アメリカや中国はいわゆるディスラプトした側の成功企業が多く存在するので、DXですごいなという印象を持つ方もいるでしょうが、どこもDXで苦しんでいると指摘します。最近も、Amazonの業績・株価が好調な一方、米国の百貨店が潰れたように、できる企業はできる、できない企業はだんだん厳しくなっていく、これが時代の流れです。

 


デジタルドリブンの企業例、テスラ


 

松岡氏は、象徴的な例としてテスラをあげます。従来型の自動車会社と異なり、ソフトウエアやインターネットなどデジタルドリブンで車を造っているのがテスラであり、インストルメント・パネル(インパネ)などにその思想が表れていると、松岡氏は言います。

トヨタやメルセデスなどの車は、ボタンがたくさんあり、そのボタンの下に「オーディオ」などと示され、用途までハードウエア的に記されています。ボタンの用途や使い勝手を変更しようとか、あるいは何らかの問題があった際に、従来型の車造りでは、工場に入れて、修理・交換してとなります。また、修理用のパーツを充足するためのサプライチェーンも必要です。しかし、将来もそれで本当にいいのでしょうか?

一方、テスラ車は大きなインパネがあり、インターネットでアプリを更新したらよいという思想です。従来型では、後で変更が難しいためテストを沢山行わなければなりませんが、デジタル発想の企業は全く違うアプローチをとれます。このように、デジタルドリブンで企業が変わっていけることに気付けるかが、DXの本質だと、松岡氏は説きます。

 


DXから遠い会社、近い会社


 

松岡氏は、「僕らがデジタルの村で生まれ育ってきて、そうでない会社さんとお話しする中で感じる一番の差は、ソフトウエアとかインターネット、デジタル、そういうものがわざわざ言語化しなくても分かっているかという違いです。」と語ります。つまり、暗黙知のレベルの高さのようなものが、鍵になっています。

そして、世の中のDX議論の中で、デジタイゼーション(Digitization)やデジタライゼーション(Digitalization)、つまりデジタル化すればいいんでしょうといった論調、「どこかの誰かが技術で何とかする」といった文脈を、松岡氏は感じています。

そうではなく、インターネットやソフトウエアといった技術に対しての理解が会社全体に浸透し、それに合わせて、例えば人事制度や働き方、あるいは業務プロセスなど、そういった多岐にわたるもののあたりまえなレベルを上げないと、おそらく本質的なDXの実現は難しいと、松岡氏は指摘します。テクノロジー、あるいはデータに対してどう向き合うかの議論も満足にできず、DXの最も重要な点である、超高速な仮説検証というコンセプトを実現することは困難でしょう。

 


全ての顧客接点をデジタル化せよ



松岡氏は、信頼できるリアルタイムな顧客の情報がマーケターにとって大切であり、実践の徹底を説きます。例えば、SI会社にシステムも分析ツールもつくってもらい後から機能が足りないと追加発注するようなサイクルよりも、マーケターが自ら直でツールを使ってクエリを叩き、タイムラグを少なく実際のデータに触れた方がよいのは明らかです。

また、ECサイトだけでなく電話対応等ありとあらゆる顧客接点はデジタル化するべしと、松岡氏は指摘します。いくつかの商品を買ったXさんが、これはクレームになって電話があり、ならば対応策Aを実施しよう、といったことをやりたくてもオペレーターがカタカタ入力した情報しか残らない、あるいはIDがひも付いていないとやりようがありません。

そして、ログなどデータは、自社でコントロールするべきです。リードタイムは短く、常にリアルタイムに近い情報をマーケの方が触れるようにするのは必須でしょう。

なお、Amazonは、2012年で1時間に1000回のリリースを実行しています。おそらくいまは、1時間に1万回とか10万回リリースしていると思われますが、これと正面から戦うのは現実的ではありません。

日本のみ、化粧品のみといった特化、あるいはD to Cで生産者と直結とか、そうしたフォーカスしたデータを活用すると、戦えるかもしれません。つまり、狙っているところのデータの質・量に対して投資するのが大事でしょう。

 


デジタルがコアコンピタンスになる時代



松岡氏は、デジタルがコアコンピタンスになる時代に、日本企業が直面する課題について指摘します。日本では、バブル後からコアコンピタンスでないものを子会社化するなど、構造的に会社を小さくしてきました。IT部門も子会社化やアウトソーシングなどで外に出しました。その当時はよかったのでしょうが、気が付けば、多くの歴史ある会社では、コンセプチュアルな能力はとても高いが、実務や専門性に対して深まりきらない人が多くなってきたのかもしれません。

どうやら、デジタルがコアコンピタンスになってしまう時代になった、と気づいても、以前からの文脈があります。外出しするのが当たり前から転じて、自分たちでやろうというマインドになるのは難しい。何十年も前に社内から外したものを、いざ自社でやろうと思っても何をやればいいのか、何が不足しているのかもよく分からないでしょう。

そこで日本CTO協会では、各社が自己診断を通して現状を把握し、指針を立てたり、ベンチマークした企業との違いを数値で把握したりできる基準としてDX Criteriaを作成しました。こちらは5つのテーマ「チーム」「システム」「データ駆動」「デザイン思考」「コーポレート」から成り、320の項目があります。

一般的にDXは「Digital Transformation:デジタルトランスフォーメーション(デジタル技術の活用によって新たな価値創造を目指す)」の意味で語られることが多いですが、日本CTO協会ではもう一つのDX「Developer eXperience:デベロッパーエクスペリエンス(技術者がスムーズに価値創造に取り組める環境・体験を整える)」も重要であると捉えており、この2つを両軸で語れるのがDX Criteriaのポイントです。

 


内製化への全体戦略



松岡氏は、いきなり大企業がDXを内製化するよりも、現実的なアプローチをとることを推奨します。まず重要なのは、システムのコントローラビリティーです。システムがどのような構造で構築されいるかを把握し、変更したいときに適切なアプローチと工数でそれが行える状況を作ることを指します。

これを獲得する手順として、外部に丸投げをしているのであれば、まずプロダクトマネジメントをこちら側で行える状況を作る。次に、請負契約を準委任や随意契約などに変えて、プロジェクトマネジメントを自社で行える状況を作る。その次に、準委任で来てもらっているエンジニアさんを、直契約してみる。その後に、正社員化してみよう、といったステップが一例です。

また、作ろうとしているプロダクトは自社のどのレベルのコアコンピタンスなのか、どんな問題を解決しているのかを考えます。例えば、既に世の中に答えのあるものなら、新たに作るより既存のSaaSを使った方がいいでしょう。答えが世の中にない、自分たちしか分からないものは、内製化に近い方が仮説検証は高速でできるでしょう。あるいはその中間なら、このプロダクトはPMだけを置いておくとか。こうした全体戦略を作るのが、とても重要だと、松岡氏は語ります。

 


デベロッパーエクスペリエンスが鍵



松岡氏は、これからは実行能力が勝敗を分ける時代になり、兵站が鍵になると指摘しますが、同時に「エンジニアの求人倍率は、一時は10倍くらい、今でも8倍~9倍じゃないでしょうか」と兵站の獲得が容易でないと言います。

また、一人のエンジニアのアウトプットは、人により10倍、100倍違うこともあり、人材の目利き力が必要です。しかし、お金を出せば優秀な人が来るわけではない。

しかも、「ベンチャー村におけるエンジニアの平均勤続は、体感の数字ですが2~3年」と松岡氏は語り、終身雇用の大企業のコンテクストとは大きなギャップがあります。そこで、松岡氏はデベロッパーエクスペリエンスの重要性を唱えます。

米国のDORA(DevOps Research and Assessment、現在はGoogleの傘下)のレポートは、会社への帰属意識が高いとデベロッパーエクスペリエンスのスコアが良くなると示しています。すると、アウトプットしたプログラムはきれいになっていく。会社への愛があるので、自分たちの環境を良くしていこうとする。

デベロッパーエクスペリエンスは、開発者と会社と双方で、開発者の生産性を高めるために色々と取り組もう、お互いに高め合おうという継続した努力だと、松岡氏は説きます。

しかし、デベロッパーエクスペリエンス重視は、エンジニアにとって楽なことではありません。学び続けて、常に新しい技術をキャッチアップし、成長しなければなりません。それに耐えられる能力の高い人は、デベロッパーエクスペリエンスの世界で生きやすいが、そうでない人にとっては厳しい。

一方、デベロッパーエクスペリエンスの直訳は開発者体験ですが、それを良くするために、高い給料、いいオフィス、立派な椅子やマッサージ機といった風に、日本ではズレた話も聞こえてきます。このように、無邪気に応援するとか、給料をはずむといった形に誤解されがちだと、松岡氏は心配します。

「この職場で働いていて自分は成長しているのか、他に移ってこういう挑戦をしようか」と自問するのがエンジニアのメンタリティーになってきている、と松岡氏は語ります。例えば、アジャイルやスクラムなどの開発プロセスをしっかりやっている会社に転職して、この手法を体得したい、というエンジニアもいます。

また、自分として、爪痕が残ったかも大切です。このプロダクトは本当に、人様に使ってもらっているのか、困っている人に対して価値を提供できているのか。あるいは、技術的に難しいことや新しい技術に挑戦したか。プロダクト、技術、開発プロセスなどいくつかの軸がありますが、いずれにせよエンジニアの興味関心に応え、より成長しあえる環境を用意し続けることが重要なのです。

 


社外とつながれ



転職しないし、コミュニティーも狭いので、日本の多くの従来型企業のマネジャーは、社外のネットワークが細い傾向が強いようです。社内を向いていては、継続的な改善や、持続的イノベーションしか起きないので、ある程度以上の職位の方は、外のネットワークを持ち、自社と外の違いや、大きなトレンドを見据えて戦略を作ることが、求められます。

同じ目線で同じ課題感を共有できるCMO(やマーケティング・マネジャー)同士でつながるのがまず大事であり、そしてCDOやCTOなど関係する色々な人とのマッチングや勉強会のような機会は意義があると、松岡氏は言います。

日本CTO協会は、松岡氏の個人的な勉強会から始まりましたが、2019年9月に法人化し、いまやCTO経験者500名超が参加しています。個人/法人で会員に加わることができ、様々なCTO経験者に相談する機会や、イベントや調査レポートなどメリットがあり、例えば他社は顧客接点でこういったデジタル化をしているといった発見などもあるそうです。デジタルがコアコンピタンスとなる時代において、日本CTO協会の活動はCTO以外でもますます興味深いものとなりそうです。


(インタビュアー : 本荘 修二 本誌編集委員)

松岡 剛志(まつおか・たけし)
株式会社レクター 代表取締役 / 一般社団法人日本CTO協会 代表理事
ヤフー株式会社の新卒第一期生エンジニアとして複数プロダクトやセキュリティに関わる。
その後、株式会社ミクシィで複数のプロダクトを作成の後、取締役CTO兼人事部長へ。
B2Bスタートアップ1社を経て、技術と経営の課題解決を行う株式会社レクター をCTO経験者4名で設立し、代表取締役に就任。
2018年、株式会社うるる 社外取締役に就任。
2019年9月より「日本を世界最高水準の技術力国家にする」ことを目標とした一般社団法人日本 CTO協会を設立し、代表理事を務める。

 

一般社団法人 日本CTO協会について

日本を世界最高水準の技術力国家にすることを目標として、2019年9月に設立。
主な活動「DX企業の基準作成」「コミュニティ運営」「調査・レポート」「政策提言」。
<代表理事>
・株式会社レクター 代表取締役 松岡剛志
<理事>(社名50音順)
・合同会社DMM.com CTO 松本勇気
・GMOペパボ株式会社 取締役CTO 栗林健太郎
・株式会社VOYAGE GROUP 取締役CTO 小賀昌法
・カーディナル合同会社 代表社員 安武弘晃
・グリー株式会社 取締役上級執行役員CTO 藤本真樹
・株式会社クレディセゾン 常務執行役員 CTO 小野和俊
・ビジョナル株式会社 取締役CTO 竹内真
・株式会社メルカリ 執行役員CTO 名村卓
・ヤフー株式会社 取締役 常務執行役員 CTO 藤門千明
・株式会社レクター 取締役 広木大地

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