なぜデジタルトランスフォーメーションは失敗するのか、そしてそれをどう乗り越えるか

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2020年9月号『DX の虚と実:Do or Die』に記載された内容です。)

 

Knowledge@Whartonに掲載の“ Why Digital Transformations Fail: The Surprising Disciplines of How to Take Off and Stay Ahead ”の著者Tony Saldanha 氏へのインタビューの全訳

 

マッキンゼーの調査によると、全産業のデジタルへの変換(=デジタルトランスフォーメーション(DX))は1.7兆ドル規模の大きな市場だが、今なお実に70%にものぼる試みが失敗に終わっているという。Tony Saldanha氏は、明確な目標の設定とそれを達成するための統制が取れたプロセスが欠けていることが、この失敗率の高さの主な原因になっているとみている。

混乱させるような難しい業界用語も問題だという。Tony Saldanha氏はP&G(Proctor&Gamble)のグローバルビジネスサービス事業部長を経て、現在は企業のデジタルシフト戦略を支援するコンサルティングファームTransformantの代表取締役を務める。

今回は、彼の新著であるWhy Digital Transformations Fail: The Surprising Disciplines of How to Take Off and Stay Ahead(なぜデジタルトランスフォーメーションは失敗するのか ~変革を軌道に乗せ、優位性を保つための意外な方法とは~)にも記されている、DXの問題点とその解決法についてお聞きした。

 


─── P&Gでご担当されていたことについて教えていただけますか。われわれもP&Gの製品とは日頃親しんでおりますので。



Tony Saldanha 27年もの間、世界中のP&G支社においてグローバルビジネスサービスと呼ばれる社内業務改善に携わることができたのは大変光栄なことでした。会計から人事、サプライチェーン、広告設計など全ての事業に関わる仕事をやってきました。
 ところが5年ほど前に、ある皮肉な問題に出くわしたのです。P&Gのグローバルビジネスサービスは当時、同様のサービスを展開していた競合を抑えて業界最高クラスと評されていましたが、社内の人間は現状のサービスでは不十分だと思っていました。なぜなら、個別の市場でわれわれよりも大きなシェアを占める競合たちはもはや大企業ではなくスタートアップで、彼らのコストはわれわれの半分であったり、10倍のアジリティ(以下、「俊敏さ」)を持っていたりといった競争優位を誇っていたからです。
 そこでわれわれは、スタートアップという最も重要な競合と張り合えるよういかにして社内業務の新たなカタチを生み出すかという問題に直面したわけです。例えば、取引先からの請求が正しいものであるかどうかを確認するための売掛金処理を今まで何百人もの従業員を動員して行なっていたとしたらそれをロボットに任せられないか考えるというような具合です。みなさんが分かりやすいようにもっといい例を出してみましょう。例えば、今の世の中には出張中にクレジットカードで使った金額を全て記録するデータがあるのに、従業員に経費報告書を作成させる意味はないですね。われわれが担当していた業務はざっとこのようなものでした。

 


─── 小売業界は全体としてデジタルの影響を大きく受けているのですか。



Tony Saldanha 小売業界はおそらく最初にデジタル技術で混乱させられた業界の1つでしょう。「the retail apocalypse(小売の大破壊)」という言葉があるくらいです。確かに、Amazonや似たような他のデジタルネイティブな企業がそれを仕掛けたわけです。ただ、小売だけが打撃を受けているわけではありません。保険や薬品・医療、金融、メディアなどの業界もそう遠くない将来に同じような目に合うでしょう。
 小売業界で起こっていることは主に3つあります。まず1つ目は、オンライン、あるいはオンラインとオフラインの両方の環境が使えるようになったことによって、全く新しいビジネスモデルが興ったこと。そして2つ目は社内業務が劇的に改善したこと。例えばAmazonでの利用体験を思い出せばすぐに分かります。注文すると24時間以内に家に届きますが、これは受注から物流配達のロジスティクス過程が劇的に改善されたからこそ実現できることです。最後3つ目はデジタル化したスマートな製品(スマート家電のような新しい機能を持つ高性能製品)の登場です。これはデジタルが業界を丸ごと完全に変えてしまうことができるという1つの実例ですね。

 


─── DXの失敗はどうすれば減らすことができるのでしょうか。



Tony Saldanha なぜ減らさなければならないのか、まずその理由について説明しましょう。この産業革命の真っ只中で、デジタルはもはやテクノロジーとして変化しているのではなく、医療やバイオテック、ドローンなどといった他のテクノロジーを変化させるものとなっています。ですから自分たちも変化する以外選択肢がないのですが、70%もの試みが失敗しているのが現実です。
 私はDXの正確な定義をもっと狭めるための教育指導を推進しています。3~4年ほど前に100人の執行役員の方々と話をする機会があったのですが、全員に同じ質問をしてみました。「あなたはDXをどう捉えていますか?」と。すると「ああ、あんなのは心配いらない。大騒ぎしすぎですよ。1970年代にもデジタル時計なんてものがありましたね。」というものから「気をつけなければいけませんね。人工知能がわれわれの仕事を奪いに来るでしょうから。」というものまで様々な回答がありました。なぜここまで解釈の差が生まれるのか、私には理解できます。「デジタル」の定義があいまいだからです。私の本では、DXを5段階に分けて説明してあります。正確にいうと、真のDXとは企業の既存のシステムを組み替えてしまうことなのです。これにより、実際の製品がよりスマートになり、ユーザーに届くまでのプロセスもよりデジタルになり、社内業務も少なくとも2倍は効率的になります。
 しかし、そのためには、経理の自動化といった第一段階から、仕事のプロセスや人、その他もろもろの変革だけでなく、組織文化も完全にデジタルなものに変化させるという第5段階に至るまで実に5つの段階を経なければいけないのです。そして、この各段階において目標を究極までクリアに持っておくことが、多くの企業が直面する一番大きな課題となります。

 


─── 多くの方が企業文化がデジタルによって徹底的に変わってしまうことを心配しています。



Tony Saldanha 社内に蓄積された知識だったり組織文化を形成するために必要とされることについては心配しなくていいと思います。より大きな課題は、組織がスタートアップのような俊敏さや切迫感を持って動けるよう、行動やその元にある組織のモチベーションをいかに変えていくかということですから。この変化を起こすのはもっと難しいことです。私がコンサルティングするFortune100に選ばれるような大企業の取締役やCEOの方々の懸念はここにあります。問題は、いかにしてスタートアップに負けない俊敏さとデジタル・スキルが身につくように組織を作り変えていくかです。
 本でも書いたように、最初にやるべきことは組織として計画を立てるということです。例えば、Amazonは組織全体としてのデジタル能力を鍛え再教育するべく7億ドルを充てると最近発表しましたね。Amazonは間違いなく世界で最もデジタルに精通している企業の1つですから、それを聞いた時はもう椅子からひっくり返ってしまいました。もしAmazonがこれを単なる1回だけの固定目標ではなく継続的な再投資の第一歩と捉えているならば、それこそがDXについて考え始めたばかりの企業とDXの最終段階に達している企業の違いと言えるでしょうね。

 


─── 多くの企業は、これがただの一時的な変化ではなく長期的なプロセスであると理解しているのでしょうか。



Tony Saldanha その共通理解があるといえれば良いんですがね。しかし、少なくとも私の行なった調査と、先ほどお話しした100の企業に関しては、そう理解しているところはあまり見受けられませんでした。はっきりいって、いま手に入るこの分野の最も優れたいくつかの文献は、「DXは進行中の旅であり目的地へ辿り着くには組織のDNAを変えるしか道はない、というメッセージを伝え始めています。組織は常に自身のビジネスモデルに対してカニバリゼーションを起こすことで生まれ変わり続けています。世界のトップ1~2%の企業を見ればそれが身についた習慣になっていることが分かります。Netflixが、郵送から配信、独自コンテンツの開発、そして国際化へと、今までに4回もビジネスモデルを生まれ変わらせたのはまさにこのことを表しています。

 


─── ワシントン・ポストはDXの成功例の一つだとおっしゃいました。彼らが特に変動が大きいジャーナリズムの業界でどうやってそれを実現したのか、お考えを伺いたいです。



Tony Saldanha ワシントン・ポストは、お話しした3つのデジタルによる破壊 ― 社内業務の運営方法を変え、違う方法で市場にアプローチし、よりスマートなプロダクトを作ること ― を成し遂げてしまったとてつもない例です。
 まず、Jeff Bezosがワシントン・ポストを引き継いだ際に、彼はプライベートの時間の大部分を割いて、社内のメンバーにDXは一回やって終わりの類のものではないということを教え込みました。これは終わりなく続く進行中のものであると。
 彼は次に、エンジニアたちと個人的に協働して事業運営の改革を行いました。新聞は1日単位のサイクルでニュースが作られます。午前10時に翌日の新聞についてのミーティングを行うのです。一方、ソーシャルメディアのような世界では、このミーティングは常に進行しているもの、つまりリアルタイムで発信できるようにコンテンツを組み立てていくものなのです。両者のプロセスには全く異なるシステムが必要になります。Jeff Bezosとワシントン・ポストのエンジニアたちは、そのようなコンテンツに関わるシステムの大部分を一新しました。これが社内の事業運営についてです。
 さらに「どのようにしてよりスマートなニュースを作り出すのか」という命題に対して、ただ単に報道するだけではなく、どのように顧客を引きずり込んでその人にとってより価値あるものを提供するか。これが彼が行なったもう一つの「破壊」です。ですから私は、これが伝統的と言える産業の中にあっても体系化されたDXを引き起こせるということの偉大な例の一つだと思いますね。

 


─── もう一つ、Studebaker(スチュードベーカー)という、よく知られていたのに突然消えてしまったクルマのブランドについても振り返っていらっしゃいました。それについてもお話しいただけますか。



Tony Saldanha 自動車産業の裏側を、その以前の化身である運送業と比較しながらお話ししましょう。1900年代初期には、何百何千もの運輸車両製造者がいました。そのうちのたった1~2社だけが運送業から自動車産業への移行に成功していて、Studebakerは実際その一つでした。しかしその40~50年後、それは突然姿を消してしまったのです。継続した改革を押し進めることができなかったのです。Studebakerの場合は、本当に素晴らしいクルマを作っていましたし、コレクター品に関していえば、現在でさえも疑いのない絶対王者だといわれる代物だってあります。しかし浮き彫りとなったのは、コストを減らし、資金を貯め、研究開発を推進して、継続的に製品を向上させる能力の欠如だったのです。そのサイクルの全体が行われていませんでした。そうして悲しくも、われわれはStudebakerをそれ以上目にすることがなくなってしまったというわけです。

 


─── 本のタイトルにある二項対立では、変革を行うことが一つの要素である一方、維持できることがもう一つの要素だとされていました。それはどうやって行うのでしょうか。



Tony Saldanha 答えは私の5段階フレームワークの中にあります。4段階目は一度の変革が起こせる段階、5段階目はそれを維持できる段階になります。変革・維持とは、ただ単に古い技術をデジタル技術へと変化させたり置き換えたりして行うことではなく、組織に根付いているDNAを変えるということなんです。その時こそが、過去に成功した多くの企業のように、組織が自身を生まれ変わらせようとする瞬間なのです。そしてそのためには、そのような行動が十分な成果を上げてその次のリスクへの挑戦ができるようにする組織内部の仕組みが必要なのです。
 その際求められるのは、Zappos(ザッポス)に象徴される狂気ともいえる一途な顧客中心の姿勢です。Zapposではコールセンターの担当者が顧客からの電話に10時間も費やしているようですが、Zapposについて話しているのではなくただの雑談をしているんです。なぜなら顧客がそれを望んでいるからです。事業において、こうした顧客という大切な資本を保持するためには、こんな一途な顧客中心の姿勢だったり、リスクを取って必要なことは何でもやるという姿勢などは、絶対的に必須なものです。

 


─── 本の中で私が気になった事例の一つが、P&GがどのようにしてGillette(ジレット)を統合させたのかについてです。これについてお話いただけますか?



Tony Saldanha はい、それは私には大変個人的に関係のある事例なんです。2005年、P&GはGillette社を買収しました。当時の私の上司が社内の全関係者に約束したことの中に、われわれが社内業務 ― 財務内容からサプライチェーンまで全てを含むGillette社のオペレーション ― を丸ごと引き受け、買収前と同じ予算と人員で運営するという項目がありました。つまり、われわれはP&Gから人員も予算もどちらも追加を受けることなしに会社全体を飲み込んでしまおうというわけです。これはどんな状況下でも無理難題となるわけですが、100億ドルの売り上げのあるビジネスを背負ってその全てをそのまま吸収しようとなると、余計に厳しいことになります。
 私が考えたのは、この合併を財務的にプラスに持っていく(著者は“Wall Street synergies”と呼びます)という目標を徹底的に明確にして、毎日その達成度を確認し、遅れが出た場合にはどうするかをそのたびに決めるという極めてシンプルな方法です。このプロセスで何か問題が起こると「この問題は1日数百万ドルの合併利得を犠牲にするに値する問題か?」を問います。もしそうなら徹底的に議論し、そうでないなら先に進みます。目標を明確にし、経営効率と経営の公正さに目配りしながら組織全体を動かしたのです。これは大成功でした。経営合併の素晴らしい成功事例だと思います。

 


─── 本の中で強調されている「70対20対10のGoogle比率」とは何でしょうか。



Tony Saldanha Googleには、努力の70%が日常業務に対するもの、20%が継続的な改革に対するもの、そして10%が自社の破壊に対するものだとする公式があります。この3番目のものは、GoogleX(現在はただの「X」)とか無人運転の自動車や気球を利用したインターネットなどがそれにあたります。私がこの特定のモデルをとりわけ好むのは、多くの企業が日常業務と変革とを区別している一方、Googleは日常業務と変革と破壊の3者を区別していないからです。産業革命の真っ只中、つまり今われわれが置かれている段階では、この3番目の「破壊」という領域で何らかの活動や投資を行なわなければ確実に置いて行かれます。だからこそ私は、そのモデルの根強い支持者であるというわけです。

 (訳 : Liliana Jesson、竹内祐稀)

Republished with permission from Knowledge@Wharton (http://knowledge.wharton.upenn.edu), the online research and business analysis journal of the Wharton School of the University of Pennsylvania.

 

解説:

 

世界の大企業でも先進的なP&Gで、それも競合を抑えて業界最高クラスと評された社内業務改善チームをヴァイスプレジデント(VP)として率いたTony Saldanha氏ですが、他の大企業でなくスタートアップをライバルとして考えました。10倍のアジリティ、半分のコストといった、もはや尺度が異なるようなスタートアップを意識せざるを得なかったのはなぜでしょう?

かつてはスタートアップというと、先端技術やITというイメージがありましたが、今やその影響は様々な業界に及んでいます。P&Gの多くのプロダクトがスタートアップ包囲網に攻められている様子(下図)をご覧下さい。

 

出所: CB Insights https://www.cbinsights.com/research/disrupting-procter-gamble-cpg-startups/


このチャートが2016年に発表されて間もなく、左やや上に示されたDollar Shave Club(ダラーシェイブクラブ)はUnilever(ユニリーバ)に10億ドルで買収されました。2012年創業のDollar Shave Clubが、あっと言う前にサブスクリプションで数百万人の顧客をつかみ、(P&Gによる買収後の統合化でSaldanha氏が奮闘した)Gilletteが王者だった髭剃り市場をディスラプトしたのです。

真のDXとは企業の既存のシステムを組み替えてしまうこと、とSaldanha氏がいう通りのことを、なかなか動かない大企業を尻目に、スタートアップが実行してしまったわけです。そして、Saldanha氏は、次のようにDXのステージを5段階に分けて説明しています。

① 基礎づくり(Foundation)
組織内のプロセスをデジタルにより自動化するプログラム
② 部門単独(Siloed)
劇的だがサイロに分かれた部門ごとの、デジタルによる、プロダクトや顧客価値、アジャイルな業務づくりなどのトランスフォーメーション・プログラム
③ 部分的な全社変革(Partially Synchronized)
戦略的なトランスフォーメーションのプログラムを、全社的にコーディネート(だが、道半ば)
④ 完全な全社変革(Fully Synchronized)
デジタルトランスフォーメーションのためのデジタルのプラットホームやプロダクト、プロセスなどを完成
⑤ 息づくDNA(Living DNA)
ビジネスモデルのバックボーンとして、デジタル革新に継続して取り組む企業文化

つまり、DXの第4段階は一旦変革する、第5段階はそれを維持・継続する、としています。この維持・継続では、スタートアップから急成長を続け、今や巨大企業となったAmazonとGoogleに習うべしと例にあげています。Amazonは、デジタル能力を鍛え直すために大きな予算を投じています。

Googleは、自社の破壊を広く社員に求めます。スタートアップのカルチャーを一部保ち、かつスタートアップとの競争と共創に尽力するDXの先端企業は、そのまま真似できなくとも、学ぶことは多いにあります。

また、(MBAで学んではいますが)インドやアジアのITマネジャーからVPとなったテクノロジー寄りのキャリアを歩んだ(Computerworld誌にも表彰された)Saldanha氏が、顧客へのこだわりが強いZapposに注目したのは印象的です。DXというとテクノロジーに目が行きがちですが、Zapposは人の心を重視したサービスが先進的なIT活用と相まって、熱狂的なファンを多数含む強力な顧客ベースを獲得しています。

Dollar Shave Clubも、ユーザーとしての不満・疑問がきっかけでスタートして、ユーザーの心をつかみました。つまり、顧客志向でありマーケティング視点がDXに極めて重要だということが分かります。読者のみなさんも、DXは意外と自分に近いテーマだと認識を新たに取り組んではいかがでしょう。

(本荘 修二 本荘事務所 代表/多摩大学客員教授/本誌編集委員)

 

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