【無理上等!】無理の壁を超える

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2018年6月号『無理上等!』に記載された内容です。)

論理は自身を説得する材料にはならない
「結果を恐れず挑戦しろ」、「積極的にリスクをとれ」と他人に言われても、言われた当人にその気と覚悟がなければ、虚しい結果になることは目に見えている。

また、「挑戦しろ」、「リスクをとれ」と言っている人の言動ではなく、行動に着眼すれば、まさに「言うは易く行うは難し」ということがわかることも多い。かく言う私は、2005年10月に15年半勤務したメガバンクを退職し、アーティストが設立した、誕生間もない非営利の金融組織に転職した経験を持つ。


当時の上司や仲間からは「よく挑戦するな」とか、「そんなリスク、よくとれるな」と言われたが、当時の自分は、「挑戦」とも「リスク」とも考えてなく、ただ「新しい世界に飛び込んでみたい」と思う好奇心しかなかった気がする。


今も昔も、周りの人々は論理的なアドバイスをくれるが、私はただ直感に従っただけ。自らの体験を踏まえて、「論理は人を説得するためにあるもので、自分自身を説得する材料にはならない」とつくづく思う。


挑戦できない、リスクをとれないとは?
挑戦できない、リスクをとれないとは、どのような状況なのだろうか?いったい、どのくらいの可能性があれば、リスクでないのだろうか?そもそも、可能性が極めて高いことに挑んでも、それを挑戦とは呼ばないだろう。


一方、果敢に挑戦するも失敗し、本当に生活にも困るような状況に陥るのであれば、それはそもそもリスクをとれる状況になかったことになる。とれないリスクへの挑戦は、挑戦ではなく無謀だ。


また、失敗した時の受け皿や、保険を予め他人から与えられているのであれば、それもリスクをとった挑戦とは言えない。いずれにしても、挑戦したいという気持ちは直感的で、リスク判断は論理的で、人の感情はその間を揺れ動く。おそらく、「挑戦」と「リスク」の間に存在し、「挑戦」へのアクセルを踏むのが、「無理上等!」というパッションなのだと思う。


「無理」と思うのは、当人の気持ち次第。「無理」と思えば、はじめから出来なかった時の言い訳を探すなど、守りに入ることになる。一方、周りから無理と言われても、当人がやってやる、出来るかも知れないという意気込みで「無理上等!」で取り組めば、もしかすると本当に「無理の壁」を超えることが出来るかも知れない。仮に挑戦が失敗に終わったとしても、必ずや次の挑戦の糧となり、経験の蓄積にも繋がる。逆に「無理」と当人が思えば、ほとんどの場合、挑戦すらされないだろう。


子どもは、「無理の壁」を超える
大人になると、なかなか超えられない「無理の壁」も、子どもの頃なら誰でも超えた経験を持っていると思う。私がはっきり覚えているのは、小学校低学年の時の話である。当時、まだ補助輪付きの自転車に乗っていた私は、どうしても補助輪を外すことが出来なかった。


父親と練習していても、父親が手を離すとすぐに転んでしまう。ある時、「絶対に手を放さない」という約束で、父から前だけを見てペダルを漕ぐように言われた私は、「絶対に放さないで」と叫びながら、前だけを見て必死にペダルを漕いだ。


しばらくすると、遥か後方から「出来たじゃないか」という父の声が聞こえる。「無理」と思っていたことが出来た、初めての体験だった。今、当時のことを振り返ると、補助輪なしでは「無理」と思っていた私は、バランスをとりながらペダルを漕ぐことよりも、如何にけがをしないように転ぶか、という出来ないことを前提にした、守りのことしか考えていなかったのだと思う。


「無理」を真っ向から受け止める
大学卒業後、入行した住友銀行(現三井住友銀行)での経験も、私にとっては強烈だった。1990年のバブル経済真っ只中の入行ということもあり、支店配属後、半年も経たずして、営業(外回り)の仕事を任された。


当然、銀行の営業には目標という名のノルマがあり、それも簡単には達成出来ないものだった。毎月、営業担当には目標が設定され、日々の帰店報告、週1回の営業会議で進捗状況の報告をしなければならない。目標の下方修正は許されず、仮に月末前日までに10%の進捗状況であっても、最終日の朝礼では残りの90%をやる、と言わなければならない。


これは、今の時代では「無理強い」と言われるかも知れないが、「無理」と言えない、という経験は、なかなかできるものではない。支店では、目標が達成出来ても、出来なくても、月末には何事もなかったかのように打ち上げをする。


営業担当になって最初の月、目標は達成出来なかったが、それで責められることもなかった。勿論、目標達成者は打ち上げで堂々と振舞い、目標未達者は肩身の狭い思いをするし、営業成績は人事考課にも影響する。


この時、目標達成出来なかったことを、自分自身がどう感じるのか、ということを試されている気がした。そして、どうせ降りられない目標であれば、初めから覚悟を決めて取り組むしかない、と思った。私が銀行時代に学んだことは、「無理」を「無理」と捉えず、「無理」と真っ向から向き合い、自分の力で超えるという強い意志を持つことだったと、今になって思う。


5年後、10年後の自分に出来ることを考える
「無理の壁」を超えるきっかけは、人それぞれで、きっといくつものパターンがあるのだろう。私の小学校低学年時代の経験は、信頼できる人の導きによるもので、銀行員時代の経験は、覚悟を決めて、「無理」と真っ向から向き合うことだった。


今、私は専修大学や事業構想大学院大学で起業家育成やビジネスプランを指導し、企業研修では社内ベンチャーの育成とアクセラレートを行っているが、いずれのケースでも、受講生に対しては、「今の自分が出来ることだけではなく、5年後、10年後の自分に出来ることを考えて欲しい」と話している。


当然、そこに至るまでは、今は「無理」と考えている壁を超えなければならないだろう。しかし、「無理上等!」と挑み、「無理の壁」を超えた時、今とは違う景色に必ず出会えるはずだ。私自身も、まだまだいくつもの「無理の壁」を超えていきたいと思う。



見山  謙一郎  (みやま  けんいちろう)
株式会社フィールド・デザイン・ネットワークス  代表取締役
専修大学経営学部特任教授、事業構想大学院大学特任教授
企業における新事業創造の研修、アクセラレートを行う他、環境省、総務省等の行政委員をつとめる。

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