アナログ技術は伝承できるのか。

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2019年5月号『アナログ技術は生き残れるか!?』に記載された内容です。)


国内の職人減少に危機感

バッグ業界小売最大手の株式会社サックスバーホールディングスの子会社 東京デリカのプライベートブランド「kissora(キソラ)」。日本製革製品をメーンにバッグ、小物を企画・販売。東京ソラマチ店を皮切りに全国の駅ビルやショッピングモール内に13店舗を展開している。


株式会社東京デリカは、木山茂年氏(現会長)が1974年に創業。バッグなどのファッショングッズを中心とするリテール業を営む。2012年、この「kissora」業態を立ち上げることで、専門店としての仕入れ販売から“ものづくり販売”という新たな分野へと進出した。


2012年は同社の店舗数が全国に500を越え、東京証券取引所市場第一部へ上場した年でもある。その頃、仕入れ先は次々と海外へ生産をシフト。一方、高齢化による職人不足で国内生産のキャパシティが縮減し危機感を抱いていた。


ジャパンメイドのものづくり技術を次世代へ
メンズバッグの専門業態やアクセサリーショップなど、多様な店舗開発を行ってきたが、「kissora」は同社既存ご業態と異なり、「日本の高い技術や職人を大切にし、次世代へと技術を継承するサポートを行う」という発想がベースになっている。


「kissora」のオリジナル製品は、革づくりからデザイン、製作までを一貫して国内で行い、革の味わいを生かした飽きのこない、シンプリティを追求。店舗内には小さな工房を設け、ミシンを踏むことのできる“職人店長”が販売を兼務し店舗を運営するというスタイルを確立した。


革なめし職人、金具職人、縫製職人など、各ジャンルの腕利き職人がこのブランドに携わることで、ジャパンメイドのものづくりの技術を着実に次世代へと受け継げるようにしたことも大きな狙い。
「栃木レザー」をはじめとした皮革の名称をシリーズ名に冠し、革素材そのもののクオリティ、魅力を十二分に引き出す。オリジナルレザーを使用したバッグのカラーパターンオーダーも人気を集めている。


直営店舗では、各地の地場産業の技術や素材などを取り入れ、限定商品を企画開発。地域活性化はもちろん、ものづくり継承の一助となっている。


東京ソラマチ店では、東京スカイツリーのおひざもと、東京都墨田区の地場産品「ピッグスキン(豚革)」を使った製品をリリース。国内外の観光客のおみやげ需要や、地域住民の地元愛に訴求する独自の戦略を打ち出す。


つくり手たちの想いを束ねて生まれるジャパンクオリティ
革は、シミ、傷、シワなど、個体の特徴が残されている。一般的にはシミや傷を隠すために上から色を重ね、加工を施すことでカバーするが、「kissora」ではそういった加工を施したレザーを使用することが少ない。革本来の風合いを生かすため、顔料ではなく染料仕上げを主に扱う。


革の特性、加工法、経年変化については、職人である店長や教育を受けたスタッフが、きめ細かな応対で顧客とコミュニケーションで伝えている。


「kissora」東京ソラマチ店の倉持 聡さん(店長兼職人)にお話を伺った。
「私たちの商品は、革職人・縫製職人などさまざまな“つくり手からつくり手へ”リレーのように手渡しながら完成。つくり手の皆さんの想いを束ねた、ジャパンクオリティが支えられています。店頭でカラーパターンオーダーを承るというスタイルも、決して珍しいことではありませんが、お客さまが欲しいと思ってくださったときに、タイムリーにお手もとに届ける、実はとても贅沢なことです。バッグを作っている様子をお客さまに直接見ていただくことで、ものづくりのおもしろさや楽しさにダイレクトに触れていただければ、こんなにうれしいことはありません」と話す。


背景やストーリー性などの“世界観”がユーザーをつかむ
バッグ業界のリーディングカンパニーが、いまなぜメイドインジャパンにこだわるのか。実店舗が飽和状態になり、EC販売が拡充していく時代にその真逆の流れが生まれている。


ユーザーが店頭で実際に革の手触りを感じ、匂いを嗅ぎ、ミシンの音を聞く・・・五感を刺激する、ものづくり、その背景、ストーリー性を含めたトータルな世界観に惹かれていることに企業も気づき始めているのだ。


「kissora」のスタッフは、浅草橋にある大手ハンドバッグ卸企業のサンプル室で、職人の手ほどきを受けながらミシンの踏み方、革の扱い方の研修を受けている。革づくりに関しては、兵庫県姫路市、東京都墨田区などの皮革産地で出向き、タンナー(なめし業者)のファクトリーで「皮」から「革」へと生まれ変わるプロセスを肌で感じ、実地で学ぶ。


株式会社サックスバーホールディングスは、2019年春、オリジナリティある帆布バッグメーカーを買収。国産のアナログなものづくりを“唯一無二の強み”に変える動きを加速させる。


つくり手と売り手とが相対する関係性ではなく、同じものづくりを志すフラットなパートナーとして、次世代へとどう継承していくのかを考える素地が、「kissora」の成長を通して醸成しているかのようだ。


修理の要望に応えて高まるストアロイヤリティ
2017年4月には、丸の内に新業態「ekissora(エキソラ)」を始動。JR東京駅構内「グランスタ」に出店した。エキナカという立地はバッグブランドにとって難しいトライアルと思われたが、開店以来、売り上げが順調に推移。


JR千葉駅構内の駅ビル「ペリエ」に2号店をオープンした。バッグができるまでを見える化し、日本のものづくりをユーザーにより身近に感じてもらい、「メイドインジャパン」の優位性を強く印象づけることにもつながっている。


1号店開店から丸7年が経過。最近では愛用している顧客から、「修理」を依頼されるケースが増えてきた。“今後も長く使いたい”というニーズが高まっていることから、職人店長が自ら顧客の目の前でミシンを踏み、バッグや財布の修理作業を行うという、他店ではあまりないリアルなやり取りがここでは可能となる。


目の前でリペアする、その安心感・安全性が、対価や仕上がりの不安感によって踏み出せなかったユーザーの背中を押し、顧客満足、ストアロイヤリティ向上にも好影響を及ぼす。口コミなどで修理の顧客は増え続けている。


各店で積み上げたノウハウが、新たな拠点となる蔵前店(仮称/2019年秋オープン予定)へとフィードバック。オリジナルブランドの販売だけでなく、手づくり体験ワークショップやレザークラフト教室といった、モノにとどまらない「コト発信」を軸にブランディングを強化する空間づくりを目指し準備が進む。


デジタル社会であるからこそ、手仕事を重ねたアナログワーキングで生まれる「革」のもつ奥深さを体感することで「上質なものを長く使いたい」と考える顧客を獲得。敢えてアナログさを重視しながら、一歩一歩着実に進化していくに違いない。

クリックして拡大

川﨑  智枝  (かわさき  ちえ)
「B.A.G.Number」編集長
靴・バッグ業界の経営コンサルティング会社にて、23年間MDアドバイスや店舗の活性化、店長・スタッフセミナー等を実施。2014年4月よりフリーとして活動。コンサルタントとしてメーカーや小売店に対し、「何を売るか」「どう売るか」までを幅広く指導。また研修コーチ、ファシリテーターとして人材育成ワークショップなどを開催。日本皮革産業連合会主催の皮革研修では、三越伊勢丹、大丸松坂屋などの百貨店を中心にファシリテーターとして研修を実施。 生涯学習開発財団 認定コーチ、日本ファシリテーション協会会員。業界誌「フットウエア・ プレス」、「インテリア・ビジネスニュース」にライターとして執筆中。著書「靴・バッグ 知識と売り場作り」(繊研新聞社)など。

鈴木  清之  (すずき  きよゆき)
「B.A.G.Number」ディレクター、オンラインライター、ブロガー
バッグを中心に日本製革製品のトピック、レポートを扱うウェブマガジン「B.A.G.Number」を川﨑智枝と始動。メディアのほかセミナーも不定期開催。バッグのトレンドやキャッシュレス時代に対応する財布、スマートフォン関連アイテムなどを分析・提案する。
個人では「装苑ONLINE」、スタイルストア「つくり手ブログ」<徒蔵(カチクラ)ガイドブック>ほか、一般社団法人 日本皮革産業連合会(JLIA/皮産連)オフィシャルブログを担当。同連合会関連事業「TIME & EFFORT」、「Exoticleather NewsCLIP by JLIA」をはじめ、レザーやものづくりの魅力を発信するSNSのコンテンツ運用及びアドバイザー業務を10アカウント受託している。
紙媒体ではムック「日本の革」(エイ出版社)の取材・ライティングを担当した。

このアイテムを評価
(0 件の投票)
コメントするにはログインしてください。
トップに戻る